RemerとManzは、1990年代中頃に、食物中のミネラル量と尿に排出される酸の量との関係について研究を行いました。彼らは、次のようにしてこの問題にアプローチしました。
・尿中の各種陰陽イオンの量を腎臓からの酸排出量(NAE)と関係づける。
・体内に取り込まれるミネラルの量と尿に排出されるミネラルイオンの量が同じとみなす。即ち、ミネラル代謝の動的平衡を仮定する。
・食物中の各ミネラルについて、腸管吸収率を考慮して体内に取り込まれる量を知る。
初めに、説明の参考にした文献を掲げておきます。文献1)と2)には、彼らの考え方がまとめられています。
1) Remer, T. : Influence of nutrition on acid-base
balance―metabolic aspects, Eur. J. Nutr.
, 40, 214-220 (2001)
2) Remer, T. : Influence of diet on
acid-base balance, Semin. Dial., 13, 221-226 (2000)
3)
Remer, T., and Manz, F. : Potential renal acid load of foods and its influence
on urine pH, J. Am. Diet. Assoc., 95, 791-797 (1995)
4)
Remer, T., and Manz, F. : Estimation of the renal net acid excretion by adults
consuming diets containing variable amounts of protein, Am. J. Clin. Nutr., 59,
l356-1361 (1994)
5)
Remer, T., Dimitriou, T., and Manz, F. : Dietary potential renal acid load and
renal net acid excretion in healthy, free-living children and adolescents, Am. J. Clin. Nutr., 77, 1255-1260 (2003)
まず、尿にはどのようなイオンがどれだけ含まれているかを見てみましょう。図1に示すのは、高たんぱく質食を摂る成人健常者が一日に排泄する尿のイオン組成です(文献3)。尿には、無機陽イオンとしてNa+、 K+、 Ca2+およびMg2+、 無機陰イオンとしてCl-、 SO42-および無機リン酸イオン(Pi、 HPO42-とH2PO4-)が含まれます。 陰イオンとしては有機酸(organic acid、 OA)とHCO3-も存在します。 電気的中性の原理によって尿の陽イオンの電荷の総量と陰イオンの電荷の総量は等しいので、陽イオンの当量の合計と陰イオンの当量の合計は等しくなっています。尿がつくられる過程で、糸球体濾過液中の陰イオンの電荷が過剰になるようなときには、腎臓からH+が排泄されて、尿中陽イオンの電荷の総計と陰イオンの電荷の総計が等しくなります。このとき H+を受け取って尿へ排出する物質は TAとNH4+です。
TAのうち主要なものはリン酸一水素イオン(HPO42-)です。 図1の陽イオンのグラフに、 陰イオンであるリン酸イオンや有機酸を含むTAが入るのは妙ですが、
次のように考えると納得できます。
陽イオンのグラフで表された、リン酸イオンと有機酸の量は、
尿のpHではなくpH 7.4におけるイオン当量として表わすので、
滴定酸として測定されるイオン当量分だけ大きい値になります。したがって、この増加分が陽イオンのグラフでTAに入ってくるので、両者が相殺されることになります。 尿中のNH4+の由来は複雑で、最近は次のように説明されています。近位尿細管細胞でグルタミンからつくられたNH4+が 尿細管腔に排出された後、ヘンレループの太い上行脚で再吸収されて間質に入ります。
そして、NH4+と平衡状態で存在するNH3が集合管細胞のガスチャネルを介して尿中に拡散します。
このNH3は尿細管や集合管へ分泌されたH+と反応してNH4+になり尿中に排泄されます。
図1の陰イオンのグラフから、 HCO3-以外の陰イオンの当量にOAの当量を加えた値(Cl-+ Pi1.8-+ SO42-+ OA)から無機金属陽イオンの当量(Na+ + K+ +
Ca2+ + Mg2+)を差し引くと、 腎臓からの正味の酸排泄量NAE (NH4+ + TA - HCO3-)と等しいという関係が成り立つことが分かります。
(Cl-+ Pi1.8-+ SO42-+ OA)-(Na+ + K+
+ Ca2+ + Mg2+)= NH4+ + TA - HCO3-
ここで、 Pi1.8-という見慣れない表現をしましたが、Piは 無機リン酸イオンを表す記号で、 Pi1.8-はリン酸イオンの価数が形式的に-1.8であることを示します。pH 7.4においてH2PO4-は80%が解離してHPO42-になるので、このように表します。
ここまでの話は尿中の物質の組成についてです。次に、これが食物中のミネラルの量とどのように関係づけられるかを見ていきましょう。RemerとManzは、食事性の酸塩基負荷を予測する指標であるPRAL (potential renal acid load、 潜在的腎臓酸負荷)を考案しました(文献3)。 PRALの値は、食物のミネラルの組成と各ミネラル(ただしSの場合はたんぱく質)の消化吸収率を考慮して、各ミネラル量をmEqで表し(SO4 + P + Cl)-(K + Ca + Mg + Na)で計算されます。 すなわち、PRAL値は体内に吸収された食物ミネラル由来の無機非金属陰イオンの当量と無機金属陽イオンの当量の差です。そして、陰イオンの過剰分が腎臓への食事性の酸負荷となります。計算には、ミネラルとたんぱく質の消化吸収率の表1の値が使われます(文献3)。 尿中と食物中のミネラルの量を関係づけるためには、一つの仮定が要ります。それは、ミネラルの代謝で動的平衡が成り立っているということです。すなわち、食事から体内に吸収された各ミネラル元素が、そっくり尿中に排泄されることになります。その結果、尿に排泄される各ミネラルのイオンの当量は、食事から体内に吸収されたイオンの当量と同じになります。 尿のイオン組成のグラフ(図1)で眺めると、非金属陰イオンの総計と金属陽イオンの総計の差がPRALの値と等しくなるわけです。食事灰化物仮説の酸度を修正して、PRALが計算されていることが理解できたと思います。
PRALは食品の分析値から(SO4 + P + Cl)-(K + Ca + Mg + Na)として求めることができるので、これにOA量を加えれば、前述のように、NAEの推定値を得ることができます。 OAの尿中排泄量は、体表面積を用いる計算式 (表1)に従って、身体計測から求めるのが標準的です。簡便のため、体重(kg)× 0.66 によって求めることもあります。
RemerとManzは PRALとNAEの関係を検証するため、6人の健常な成人に対して食事介入研究を行いました。たんぱく質量が異なる4種類の食事を5日間摂取させ、 最後の2日間 の尿の分析をしました。 それぞれの食事内容は、
低たんぱく食、 適量たんぱく質食、 適量たんぱく質食にメチオニンを付加した食事および高たんぱく質食であり、 カロリーがほとんど同じになるように設定されました。
上で論じたように、
尿の無機陰イオンの総量から無機陽イオンの総量を引いた値(実測値)にOA(実測値)を加えた値([Cl-+ Pi1.8-+ SO42-+ OA]-[Na+ + K+ + Ca2+
+ Mg2+])、 NAEの推測値(PRAL[食 品中のミネラルからの計算値]+OA[身体計測からの推測値])およびNAEの実測値の三つの値は、理論的には同じになるはずです。 この点を検討した結果は表2に示すようになりました(文献4)。 低たんぱく質食を除く食事間で、上記の三つの値が近似していることがわかります。このようにして、NAE = PRAL + OAの関係が成り立つことが確認されました。 さらに、 たんぱく質摂取量が多いほど尿のpHが 低くなることも観察されました。
RemerとManzは 主要な食品のPRAL値を計算して報告しています(文献3)。 果物や野菜は、 その値が-3 mEq/100 gと負になるので、 潜在的酸負荷を減少させます。 一方、 肉 や魚、 鶏肉、 チー ズ、 穀物などは7 mEq/100 g以上の値で、 潜在的酸負荷を増加させます。その他の食品についての詳細は文献3を見て下さい。
PRALの計算には、 便宜上ClとNaを考慮しない次の式が、一般的に用いられます(文献5)。
PRAL(mEq/日) = 0.49×たん ぱく質(g/日)+0.037×P(mg/日)
-0.021×K(mg/日)-0.013×Ca(mg/日)-0.026×Mg(mg/日)
ClとNaを考慮しないのは、食品交換表においてClに関する十分なデータが記載されていないことに加え、 尿中に排泄されるNaとClの当量比がほぼ1に等しいという実験結果があるためとされています。しかし、この式の使用に当たっては、NaとClの当量比を1とみなすためにPRAL値が不正確になる可能性があることに留意すべきでしょう。
今回の食物中ミネラル量と尿中酸排出量の関係についての議論では、各ミネラルの一般的な腸管吸収率を用いており、また、ミネラルの代謝の動的平衡を仮定しています。そのため、個々人のPRAL値は実際の値と厳密には一致しないかも知れません。しかし上記の食事介入研究で、NAEの推測値が実測値とほぼ一致し、低たんぱく食と高たんぱく食との比較で予想される結果が得られたので、科学的根拠があるものと考えられます。次回は、ミネラルの代謝の詳細について説明しようと思います。
無断転載禁止
0 件のコメント:
コメントを投稿