2014年8月27日水曜日

番外編2.RemerとManzの研究へのコメント



今回は、RemerManzの考え方の科学的根拠について考えてみます。「酸性食品・アルカリ性食品」再考(その3)の末尾に食物中ミネラル量と尿中酸排出量とを関係づけた彼らの考え方には科学的根拠があると書きました。根拠の理由は、食事介入研究で、尿への酸排泄量NAEの推測値が実測値とほぼ一致し、さらに低たんぱく食と高たんぱく食との比較で予想される結果が得られたからです。私は、彼らの仮説が基本的には正しいと考えますが、厳密に正しいかどうか、少し気になる所があります。それで、これからRemerManzの仮説の“あらさがし”をしながら、その論拠を考察してみたいと思います。参考にした文献を初めに掲げておきます。また、今回の説明で、「酸性食品・アルカリ性食品」再考(その3)の図表を使います。

13Van Slyke, D.D. and Palmer, W. W.: Studies of Acidosis: XVI. The titration of organic acids in urine, J. Biol. Chem.41, 567-585 (1920)
14Oh, M.S. : New perspectives on acid-base balance, Semin. Dial., 13, 212-219 2000
15Kirkland, J.L., Vargas, E., and Lye, M.: Indican excretion in the elderly, Postgrad. Med. J., 59, 717-719(1983)
16Blatherwick, N. R. and Long, M.L.: Studies of urinary acidity: II. The increased acidity produced by eating prunes and cranberries, J. Biol. Chem.57, 815-818 (1923).

1. 有機酸(OA)の測定値の不正確さ
OA測定が不正確であるために、RemerManz仮説を厳密に検証することができません。これが今回の最初の話題です。彼らの考え方の基本は、(その3)で出てきた次の式に集約されます。

Cl+ Pi1.8+ SO42+ OA­-(Na+ K+ Ca2+ + Mg2+)= NH4 + TA  HCO3・・式6-1

左辺は、血漿(pH 7.4)中の陰イオンと陽イオンの当量の差で、食事と代謝によって体液にもたらされた酸負荷を表します。これを腎臓が処理することによって、右辺のNAEに相当する量の酸が尿中に排出されます。
 
ところで、尿の各成分の実測値から両辺の値が計算できるので、両辺の値が一致するかどうかを検証することができます。RemerManzの食事介入研究の結果(文献4)は、(その3)の表2のようになりました。適量たんぱく質食、 メチオニンを付加した適量たんぱく質食および高たんぱく質食の場合には、両辺の値がほぼ一致しましたが、低たんぱく食の結果では、左辺の値6.9 mEq、右辺の値24.1 mEqで両者の一致がよくありません。彼らは、有機酸OAの測定に不備があり低い値が出たため、左辺の値が小さくなったと考えました(文献4)。確かに、尿中のOAを正確に得るのは難しいようです。彼らの測定には、Van Slyke-Palmer法(文献13)が使われました。この方法では、尿からリン酸塩と炭酸塩を除去したのち、pH 2.78.0の間で滴定される有機陰イオンの量を測ります。このpH域で滴定されるクレアチニン(pKa 4.8で、酸は陽イオン、塩基は中性の分子)に対しては補正をします。Van Slyke-Palmer法には不正確さをもたらす要因がいくつもあります。一例を挙げると、馬尿酸のようにpKaが小さい酸は全部が滴定されません。このことは後で出てきます。その他の要因については深入りしません。詳しくは、Ohの論文(文献14)を参照してください。

この記事を書いていて、Ohの論文で触れられていない問題点に気づきました。尿には、エーテル硫酸と呼ばれるフェノール性化合物の硫酸エステルが排出されます。インジカン(インドキシール硫酸)やフェノール硫酸がその例です。これらの物質は有機陰イオンですが、pH 2.78.0の間で滴定されないのでVan Slyke-Palmer法によって測定できません。ある文献(文献15)によれば、正常人のインジカンの1日排泄量は、個人差が大きいですが、平均0.2 mEq弱です。尿には他にもVan Slyke-Palmer法で測定できない有機陰イオンがあるかもしれません。このようなものが個々には少量でも、合計すると無視できない量になる可能性があります。OA量を正確に知るためには、尿中のすべてのOAの究明が望まれます。近頃は代謝物を網羅的に検出・定量するメタボローム研究が可能なので、この研究手法を尿の成分に適用すれば、難しい問題ではなさそうです。

低たんぱく食の結果における、左辺と右辺の値の不一致の問題は、右辺の成分が多く測られた可能性もあります。実際に、右辺の滴定酸TAの測定では、測定対象以外の酸を測りこむ可能性があります。詳しくは、NAEの測定にまつわる問題点を指摘しているOhの論文(文献14を参照してください。

OATAの測定における不正確さの問題と関連して、尿中の陰イオンと陽イオンそれぞれの総量を棒グラフで表した(その3)の図1をよく見てみましょう。陰イオンの方が陽イオンよりほんのわずか低く示されています。それぞれのイオンの成分のうち正確な測定が難しいのは、上に述べたように、陰イオンのグラフのOAと陽イオンのグラフのTAです。陰イオンの総量と陽イオン総量との間で差が認められた原因は、OAの過小評価、TAの過大評価、あるいはその両方が考えられます。RemerManzは、論文の中で両者のわずかな差には言及せず、電気的中性の原理を適用して式6-1を導きました。ここが、彼らの理論で厳密性を欠いている所で、上で議論した左辺と右辺の値の不一致もこのことと関連していると思われます。このグラフは、pH 7.4での陰陽のイオンの量を比較するので、OAとしてはこのpHにおける総有機陰イオンのmEq値を正しく測ることが必要になります。その上に、陽イオンのグラフには、NH4以外の陽イオンで存在するアミン類(エタノールアミン、メチルアミンなど)の寄与も厳密には含める必要があるでしょう。

(その3)の図1にある 陰イオンと 陽イオンのグラフは、式6-1を導くための基本となる、尿成分の関係をしめすものです。それゆえ、両イオンのグラフの高さが等しくなるような各尿成分の正確さに優れた測定法の確立が必要です。

2.尿を酸性にする果実の話
  次の話題は、RemerManz の導いたNAEの推測値を求める式で予測できない、体液に酸負荷を与えるような有機酸を含む食品についてです。20世紀の初め頃は、食品と尿の成分の関係を調べる研究が、花形の一つであったようです。果物を摂取すると、尿のpHがアルカリ性に傾くことが知られていましたが、たくさん食べると逆に尿の酸性を強くする果物が見つかりました。その果物は、プルーンやクランベリーです。これを食べると尿中の馬尿酸量が増加すると同時に、OA量も増えます。このことを調べた、米国の生化学会誌に掲載されている研究(文献16)を紹介します。




図6.基本食へのプルーン300 g付加によるTA OAおよび 馬尿酸の尿中排泄の増加(A)とpHの若干の低下(B)。文献16の表1のデータの一部を図に改変。

健康な若者に、基本食を数日間とった後、プルーン300 gをソースの形で基本食に添加した食事をさらに数日続けてもらって、この間の1日尿の酸排泄関連の検査値の推移が調べられました。結果を図6に示します。基本食の摂取期間の馬尿酸の平均値は、5.0 mmolで、OAの平均値は50.5 mEqでした。これをプルーン添加後の最後の測定日の値(馬尿酸、62.8 mmolOA99.2 mEq)と比べてみます。OAを測定する滴定の終点はpH 2.7であるので、pKa 3.62の馬尿酸は、その約90%がOAとして測定されます。したがって、プルーン摂取に由来する馬尿酸によるOAの増加量は、(62.8 – 5.0 )× 0.9 = 52.0 mEqであり、実測されたOAの増加量(99.2 - 50.5 = 48.7 mEq)と近い値になりました。また、図から分かるように、プルーン摂取によって、TA量も増加し、pHが幾分低下しました。

RemerManzの研究の低たんぱく食の結果((その3)の表2)には、もう一つの問題があります。NAEの実測値(24.1 mEq)が、次の式から求められるNAEの推測値(3.7 mEq) よりかなり大きかったことです。

PRAL[食品中のミネラルからの計算値]OA[身体計測からの推測値= NAEの推測値・・式6-2

彼らは、両者の差の原因を、低たんぱく食の人は果物を多くとるため、安息香酸やキナ酸のような、完全な異化代謝(H2OCO2を生じる)を受けない有機酸の摂取が多くなるためと推測しました。

上で述べた食事介入研究で明らかにされたように、完全な異化代謝を受けない有機酸を摂取した場合には、体内に取り込まれた酸の分だけNAEが増加します。しかし、NAEの推測値を計算するときのOA量は、身体計測値から求められる、一般的な食事をしている人の代謝で生成する有機陰イオンの量なので、特殊な食品に由来する有機酸を含みません。そのようなわけで、身体計測値からの有機酸量が実態を反映しないケースがあり得ます。6-2 で求めるNAE値を使うときには注意が必要です。

以上みてきたように、式6-1と式6-2の関係が、食事介入研究で低たんぱく食の場合に成り立たないと言う問題がありますが、OATAの測定の不正確さのために決着がついていません。このような状況に対する科学者の態度として、「新しい理論はどうしても不完全なので、まずよい面を見よ、だめな点は後から補えばいい。」と言う研究への姿勢があります。この夏の819日の朝日新聞の「リレーおぴにおん あなたに」の欄で、米沢富美子氏が湯川秀樹博士からこのような研究姿勢を教わったと語っておられます。私も、研究結果をポジティブにとらえて考えてみるのが好きです。今回の記事の中で問題解決に向けた私見を述べましたが、役立てば幸いです。
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