2018年11月28日水曜日

番外編8 重炭酸ナトリウムによる炎症抑制


「酸性食品・アルカリ性食品」再考・番外編6「慢性腎疾患と食事性酸負荷」において、重炭酸ナトリウム投与によって慢性腎病患者の腎機能の低下が抑えられることを記載しました。そのメカニズムの解明に迫る研究成果が、今年(2018年)の4月に発表されました。今回はこの研究を中心に紹介します。まず、参考にした文献を初めに掲げておきます。

46Ray SC, Baban B, Tucker MA, Seaton AJ, Chang KC, Mannon EC, Sun J, Patel B, Wilson K, Musall JB, Ocasio H, Irsik D, Filosa JA, Sullivan JC, Marshall B, Harris RA, O'Connor PM: Oral NaHCO3 Activates a Splenic Anti-Inflammatory Pathway: Evidence That Cholinergic Signals Are Transmitted via Mesothelial Cells, J Immunol. , 200, 3568-3586 (2018)

47K. J. トレーシー「炎症を治すバイオエレクトロニック医薬」、日経サイエンス、2015 6月号、3642

48.鈴木一博 「自律神経系による炎症の制御」、日本臨床免疫学会会誌、 39 巻、96102頁(2016

49Koopman FA, Chavan SS, Miljko S, Grazio S, Sokolovic S, Schuurman PR, Mehta AD, Levine YA, Faltys M, Zitnik R, Tracey KJ, Tak PP: Vagus nerve stimulation inhibits cytokine production and attenuates disease severity in rheumatoid arthritis, Proc Natl Acad Sci U S A, 113, 8284-8289 (2016)

50Kanzaki G, Puelles VG, Cullen-McEwen LA, Hoy WE, Okabayashi Y, Tsuboi N, Shimizu A, Denton KM, Hughson MD, Yokoo T, Bertram JF: New insights on glomerular hyperfiltration: a Japanese autopsy study, JCI Insight. 2017;2(19):e94334.

51Łoniewski I, Wesson DE: Bicarbonate therapy for prevention of chronic kidney disease progression, Kidney Int. , 85, 529-35 (2014)

私は、この研究のことをNutrition Reviewのホームページで見た記事(https://nutritionreview.org/2018/05/baking-soda-reduces-inflammation-of-rheumatoid-arthritis-other-autoimmune-diseases/)で知りました。米国Augusta UniversityO’Connorの研究グループによるもので、論文がJournal of Immunologyに発表されています(文献46)。その要点は、重炭酸ナトリウムを経口的に摂取すると、脾臓における抗炎症性経路が活性化されるので、重炭酸ナトリウムが炎症性疾患の治療に使えるのではないか、と言うことです。

この研究の動物実験では、高食塩食(8%)で飼育すると高血圧や腎障害を発症するDahl Salt-Sensitive Ratが使われました。0.1M 重炭酸ナトリウム溶液を飲水として飲ませて3日後、食餌を高食塩食に切り替えて2週間たったところで脾臓、血液および腎臓の細胞をフローサイトメトリー法で分析しました。いずれの細胞でも好中球に占めるM1マクロファージ(炎症促進に働く)の割合が減少し、M2マクロファージ(炎症抑制に働く)の割合が増加しました。さらに、制御性T細胞(FOXP3+ CD4+)の増加が認められました。これらの変化は免疫系が炎症抑制的に働くことを示します。また、同じ系統のラットに病的でない状態(低食塩食(0.4%))で0.1M 重炭酸ナトリウム溶液を3日間飲ませても、腎臓におけるM2マクロファージの割合の増加が観察されました。そして研究者たちは、ヒトを対象とした研究でも、20代の健常者に重炭酸ナトリウム2 gを水250 mLに溶かした液を飲んでもらい、血液中の好中球に占めるM1マクロファージとM2マクロファージの割合を調べて、それらが時間のオーダーでラットの実験と同様に炎症抑制的に変動することを観察しました。
1.脾臓表面の中皮に連結する中皮細胞性の組織。両面を中皮細胞で覆われた膠質性組織が脾臓の中皮に連結している様子を示す。肉眼では見えないが、弱拡大の顕微鏡で観察できる。文献46の顕微鏡写真を模式化した。


                        
 この重炭酸ナトリウムの効果はいろいろな臓器で観察されることから全身性です。この効果は、脾臓を摘出したラットでは認められなくなるので、脾臓を介することが判明しました。脾臓の表面は中皮で覆われています。研究者たちは、脾臓の中皮に、両面を中皮細胞で覆われた膠質性組織が連結していることを発見しました(図1)。そして、この組織の中皮細胞や連結部周辺の脾臓表面の中皮細胞がコリンエステラーゼを持つ神経様細胞であることを明らかにしました。さらに、重炭酸ナトリウムの効果がα7-ニコチン性アセチルコリン受容体の特異的な阻害剤で無くなることから、この神経様の中皮細胞が脾臓にコリン作動性のシグナルを伝えて炎症の抑制をもたらすと考えました。中皮細胞性の組織の連結は非常に脆弱で、ラットを開腹してわずかに脾臓を動かすだけで破壊されて、重炭酸ナトリウムの効果が認められなくなります。

 また、重炭酸ナトリウムの免疫抑制効果は、胃酸の分泌に関与するプロトンポンプ阻害薬によって抑制されます。これは、免疫抑制の経路に胃酸分泌が介在することを意味します。胃酸分泌の結果起きる、体液の酸塩基平衡の調節に係わる何らかの因子が、中皮細胞性の組織に信号を送る可能性がありますが、詳細は不明です。

2.コリン作動性抗炎症経路。説明は本文参照。


ところで、脾臓を介する炎症抑制作用については、近年の神経系による免疫制御の研究によって明らかにされています(文献47, 48)。それは、迷⾛神経が中心的に働く「コリン作動性抗炎症経路(cholinergic anti-inflammatory pathway)」と呼ばれる機構です(図2)。脾臓は迷走神経の支配を受けており、その興奮によって節後線維(脾神経)の神経終末からノルアドレナリン(副交感神経は原則コリン作動性であるが例外的に)が放出され、ノルアドレナリンはCD4T細胞からのアセチルコリンの産生を促進します。そして、この経路の終点で、アセチルコリンがマクロファージ上のα7-ニコチン性アセチルコリン受容体(α7nAchR)に結合すると、炎症性サイトカインの産生が抑制されます。その結果、抗炎症作⽤が発揮されるというのがこの経路の全貌です。最近、迷走神経刺激による抗炎症作用を使って炎症性疾患を治療しようとする試みが進んでいます。迷走神経刺激療法(頸部に埋め込んだ装置で迷走神経を刺激する)を受けているてんかん患者に被検者になってもらい、電気刺激を与えて4時間後の血液を調べると、エンドトキシンで誘導される炎症性サイトカイン(TNFIL-1βおよび IL-6)の産生が抑制されました。そして、関節リウマチ患者の迷走神経に電気刺激を与えると、病状が改善されました。O’Connorらの研究は、この経路とは別に、中皮細胞性の組織を介するコリン作動性のシグナルによって炎症抑制が起きるというものです。重炭酸ナトリウムの経口投与がCKDの重症化を抑制するという研究がありますが、O’Connorらはこのメカニズムを免疫との関係で追及したわけです。関節リウマチのような自己免疫疾患の治療に重炭酸ナトリウム投与が有効かどうかは今後の課題です。

話は変わりますが、日本人のCKDとの関係で見過ごすことのできない研究発表が昨年あったので、ここで触れておきます。それによると、⽇本⼈の腎臓は欧⽶⼈に比べてネフロン数が少ないと言うことです(文献39)。健康な⽇本人は腎臓1個当たりのネフロン数が平均64万個で、欧米人(ドイツ人, 140万個; アメリカ白人, 90万個; アメリカ黒人, 95万個)と比べ大幅に少ないです。このことが、世界的にみて日本でCKD患者が多い事実と関係しそうです。

番外編5「酸負荷で骨が弱くなるか」において、食事による腎臓への酸負荷と骨密度との関連性を調査した米国の疫学研究(文献31)を紹介しました。結論は、概して高齢者でも食事性酸負荷が骨密度の低下と関係しないけれど、男性高齢者では酸負荷の悪影響が認められたと言うことでした。⽇本⼈の腎臓はネフロン数が少ないという知見は、我が国の高齢者は食事性酸負荷の影響を受けやすいことを意味し、酸負荷の少ない食事を摂るのが望ましいと考えられます。

(後記)CKDの実験動物モデルで、重炭酸ナトリウムの経口摂取によって望ましい結果が得られたという報告がいくつかあります(文献51)が、OConnorらの研究で、高食塩食で飼育したDahl Salt-Sensitive Ratについて、重炭酸ナトリウムの腎機能への影響が調べられていないのが残念です。延命効果があるか否かを知りたいところです。

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2016年3月26日土曜日

番外編7. 尿路感染症の罹りやすさが尿pHと関係する?


今回は、尿路感染の起きやすさが尿中代謝産物および尿pHと関係するかも知れないと言う話を取り挙げます。この話題は、健康と栄養に関するニュースを提供するウェブサイトである「リンクDEダイエット」(http://www.nutritio.net/)の記事で知りました。その記事はワシントン大学 (セントルイス)の広報(昨年625日)で発表された記事(https://source.wustl.edu/2015/06/a-persons-diet-acidity-of-urine-may-affect-susceptibility-to-utis/)を紹介したもので、昨年(2015年)中頃に米国生化学誌に発表されたShields-Cutlerらの研究(文献42)に基づいています。今回の話では、シデロカリンと言う自然免疫で活躍するたんぱく質がキーとなるので、先ずこのたんぱく質の説明をしたうえで、彼らの研究を解説しようと思います。初めに、参照した文献を掲げておきます。

42Shields-Cutler RR, Crowley JR, Hung CS, Stapleton AE, Aldrich CC, Marschall J, Henderson JP: Human Urinary Composition Controls Antibacterial Activity of Siderocalin, J. Biol. Chem., 290,15949-15960 (2015)

43. Goetz, DH, Holmes, MA, Borregaard, N, Bluhm, ME, Raymond,KN, and Strong, RK: The neutrophil lipocalin NGAL is a bacteriostatic agent that interferes with siderophore-mediated iron acquisition, Mol. Cell, 10, 1033–1043(2002)

44Bao, G, Clifton, M, Hoette, TM, Mori, K, Deng, S-X, Qiu, A, Viltard, M, Williams, D, Paragas, N, Leete, T, Kulkarni, R, Li, X, Lee, B, Kalandadze, A, Ratner, A J, et al.: Iron traffics in circulation bound to a siderocalin (Ngal)-catechol complex, Nat. Chem. Biol., 6, 602–609 (2010)

45Bao GH, Barasch J, Xu J, Wang W, Hu FL, Deng SX: Purification and Structural Characterization of "Simple Catechol", the NGAL-Siderocalin Siderophore in Human Urine, RSC Adv., 5, 28527-28535 (2015)

尿路感染症は頻度の高い感染症の一つで、その原因となる病原菌は主に大腸菌です。一般的に細菌が増殖するためには鉄が必要ですが、鉄のイオンは水中で極めて微量しか溶けた状態で存在しないので、菌にとって鉄の取り込みは容易ではありません。そこで、尿路感染の原因になるような大腸菌は、エンテロバクチンと言う低分子の物質を菌体外に分泌して、鉄を取り込むために利用します。エンテロバクチンは、図1に示すように分子内にカテコール構造を3個持ち、鉄イオン(Fe3+を強固に結合することができます。そして、大腸菌は菌体表面にある輸送体を使って-エンテロバクチン複合体を取り込みます。ところで、大腸菌の鉄の取り込み過程に介入して鉄を奪い取る働きをするのが、シデロカリンです。シデロカリンは、ヒトの多核白血球や尿路の上皮細胞で作られるたんぱく質で、鉄-エンテロバクチン複合体と強固に結合する働きがあります。シデロカリンが鉄-エンテロバクチン複合体を結合した構造がX線結晶解析によって明らかにされている(文献43)ので、図2に示します。シデロカリンの尿中濃度は、健常者では約1 nMですが、尿路で大腸菌の感染が起きるとシデロカリンが量産され、約100 Mになる仕組みになっています。これは、シデロカリンによる尿路感染症防御に好都合なことです。
1エンテロバクチンの構造。3個のカテコール構造(赤丸で囲んだ部分)をもち、この構造を使ってFe3+と複合体を作る。


2. 左図は、シデロカリン(青色)に鉄を結合したエンテロバクチン(赤色)が結合する様子を示す。
右図は、エンテロバクチンが鉄(球形)を結合した複合体を示す。 エンテロバクチンの3つのカテコール構造(六角形の部分)が鉄を結合してキレート錯体を作る。
図は、ウェブサイトPDB101Molecules of the Month の記事(http://pdb101.rcsb.org/motm/193)のものを転載改変。。


シデロカリンによる尿路感染症防御の機構は上記の説明で間違いないと考えますが、Shields-Cutlerらは、これとは違う機構でもシデロカリンが大腸菌の鉄の取り込みを阻害することを、次のような研究で示唆しました。エンテロバクチンを作ることできない大腸菌変異株を多数の健常者の尿検体中で培養してみると、検体によってシデロカリンが菌の増殖を抑制するものと許容するものがあることが観察されました。そこで、検体を増殖抑制と増殖許容の二つのグループに分け、シデロカリンによる菌の増殖抑制と尿の性状との関連を調べた結果、尿のpHがグループ間で統計学的に有意に異なり、酸性の尿より中性に近い尿の方が、シデロカリンの抗菌活性が高かったのです。また、シデロカリンの抗菌活性が尿検体のpHを重炭酸塩で上げると強くなり、逆に塩酸で下げると弱くなることが確認されました。

 さらに彼らは、尿中代謝産物を網羅的に調べる研究(メタボローム解析)を行って、シデロカリンの抗菌活性とアリール硫酸とばれる化合物の間に関連性があることを明らかにしました。アリール硫酸は、OH基をもつ芳香族化合物と硫酸がエステル結合したものの総称です。catechol sulfateamino cresol sulfateethylcatechol sulfatecaffeoylquinic acid lactone sulfateともう一つ未同定のアリール硫酸の尿中の濃度が、シデロカリンによって菌の増殖抑制の起きる検体では増殖許容の検体より統計学的に有意に高いことが見つかりました。これらの物質が、直接に鉄を結合して、シデロカリンの抗菌活性をもたらすのではなく、硫酸基の外れたカテコール化合物が鉄に結合すると、著者らは考えています。

3鉄を結合してシデロカリンと三者複合体を作るカテコール化合物。


事実、この研究に先立って2010年に、Baoら(文献44)は、尿中で検出される化合物の内でcatechol3-methylcatecholpyrogallolなどが鉄と複合体を形成して、シデロカリンに結合することを明らかにしています。それらの化学構造を図に示します。複合体がシデロカリンに結合する部位は、エンテロバクチンが結合する部位と同じで、カテコール化合物3個がFe3+と結合した複合体がシデロカリンと強固に結合します。Baoらは、さらにヒトの尿からシデロカリンに鉄を結合させる因子として働く物質の精製を試みた結果、catecholが得られたと報告しています(文献45)。この知見に基づくと、Shields-Cutlerらの研究でシデロカリンの抗菌活性をもたらしたカテコール化合物はcatecholである可能性が高いことになります。Baoら(文献44)は、pH7から低下させると、シデロカリンが鉄-カテコール化合物複合体と結合した三者結合物から鉄が遊離することも観察しているので、Shields-Cutlerらが示したシデロカリンの抗菌活性のpH依存性は、この現象を反映していると考えられます。

ところで、尿路感染症との関連で問題になるカテコール化合物が体内でどのように作られるかですが、ポリフェノールやチロシンのような食物の成分が腸内細菌によって分解される過程を経て作られることが分かっています。したがって、個人の食生活や腸内細菌叢がカテコール化合物の体内生成量に影響すると考えられます。そして、尿のpH も食事性酸負荷に影響されるので、Shields-Cutlerらの研究結果を踏まえると、尿路感染症に罹り易いのは食事のせいであると言うことになりそうです。彼らの研究は、試験管中の実験によるものなので、尿路感染症を繰り返す患者と健常者の間で、尿pHと尿中アリール硫酸の濃度を調べる疫学研究や、尿路感染症を繰り返す患者にクエン酸カリウムやクエン酸ナトリウムを投与する介入研究による検証が望まれます。

今回の「尿路感染症に罹り易いのは食事のせいかもしれない」と言う議論は尿路感染症の原因となる大腸菌を用いた試験管内の実験結果からの推測なので、疫学研究による検証が必要ですが、尿路感染症を繰り返す患者で食事の工夫によって、この疾患を予防できれば素晴らしいことです。痛風の治療で尿路結石予防のために、尿のpHを高める目的で使われるクエン酸カリウムやクエン酸ナトリウムが尿路感染症予防に用いられるようになるかもしれません。

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2015年8月2日日曜日

番外編6  慢性腎疾患と食事性酸負荷


学術文献の検索サイトPubMedを使って"dietary acid load" で検索すると、食事性酸負荷と慢性腎疾患(CKO)の悪化との相関を調べた最近の研究がいくつか見つかります。研究では、食事性酸負荷が大きいとCKOが重症化するリスクが増加することが指摘されています。この指摘は臨床栄養学上無視できない問題なので、今回の話題にします。まず、参考にした文献を初めに掲げておきます。


32Scialla JJ, Appel LJ, Astor BC, Miller ER 3rd, Beddhu S, Woodward M, Parekh RS, Anderson CA; African American Study of Kidney Disease and Hypertension Study Group: Net endogenous acid production is associated with a faster decline in GFR in African Americans, Kidney Int., 82, 106-112 (2012)

33. Kanda E, Ai M, Kuriyama R, Yoshida M, Shiigai T: Dietary acid intake and kidney disease progression in the elderly, Am. J. Nephrol., 39, 145-152 (2014)

34..Banerjee T, Crews DC, Wesson DE, Tilea A, Saran R, Rios Burrows N, Williams DE, Powe NR; Centers for Disease Control and Prevention Chronic Kidney Disease Surveillance Team: Dietary acid load and chronic kidney disease among adults in the United States, BMC Nephrol., 15:137 doi: 10.1186/1471-2369-15-137(2014)

35. Banerjee T, Crews DC, Wesson DE, Tilea AM, Saran R, Ríos-Burrows N, Williams DE, Powe NR; Centers for Disease Control and Prevention Chronic Kidney Disease Surveillance Team, High Dietary Acid Load Predicts ESRD among Adults with CKD, J. Am. Soc. Nephrol., 26, 1693-1700 (2015)

36. de Brito-Ashurst I, Varagunam M, Raftery MJ, Yaqoob MM: Bicarbonate supplementation slows progression of CKD and improves nutritional status, J. Am. Soc. Nephrol., 20, 2075-2084 (2009)

37. Mahajan A, Simoni J, Sheather SJ, Broglio KR, Rajab MH, Wesson DE: Daily oral sodium bicarbonate preserves glomerular filtration rate by slowing its decline in early hypertensive nephropathy, Kidney Int., 78, 303-309 (2010)

38. Susantitaphong P, Sewaralthahab K, Balk EM, Jaber BL, Madias NE: Short- and long-term effects of alkali therapy in chronic kidney disease: a systematic review, Am. J. Nephrol., 35, 540-547 (2012)

39. Goraya N, Simoni J, Jo CH, Wesson DE: Dietary acid reduction with fruits and vegetables or bicarbonate attenuates kidney injury in patients with a moderately reduced glomerular filtration rate due to hypertensive nephropathy, Kidney Int., 81, 86-93 (2012)

40. Chen W, Abramowitz MK: Metabolic acidosis and the progression of chronic kidney disease, BMC Nephrol., 15:55. doi: 10.1186/1471-2369-15-55 (2014)

41Wesson DE, Simoni J: Acid retention during kidney failure induces endothelin and aldosterone production which lead to progressive GFR decline, a situation ameliorated by alkali diet, Kidney Int., 78, 1128-1135 (2010)


Sciallaら(文献32)は2012年に、アフリカ系アメリカ人の腎硬化症患者632人を調べた研究を報告しました。患者の集団を正味の内因性酸産生量(NEAP)が最も高い者から最も低い者まで4分位で分類して各グループの腎機能の経時的な変化を時間事象分析 (time-to-event analysis)によって調べました。その結果、NEAPGFRの低下の速さとの間に有意な関連性が認められました。GFRの低下が腎機能悪化につながるためNEAP進行性の慢性腎疾患に対しての危険因子となることが示されました。

我が国からもKanda(文献332014年に、GFR60 ml/min/1.73 m 2以下の60歳以上の非透析CKD患者217人に対して行った研究を発表しています。観察期間1年のうちにGFR25%低下あるいは透析療法の開始に至った患者を調べると、59名ありました。このような転帰の発生状況は、対象患者をNEAP値により4分位で分類して比較すると、NEAP値最低のグループ 0.18 /年、2番目のグループ 0.22 /年、3番目のグループ 0.44 /年、最高のグループ 0.42 /年でした。これを時間事象分析すると、NEAP値が高いとGFRの低下や透析療法の必要性が生じやすくなるという結果が得られました。

以上二つの研究では、NEAPを番外編4で説明したFrassettoの経験式(推定NEAP (mEq/) [ 54.5 × Prog/) / K (mEq/) ] 10.2)で計算しています。この式を使うときには、1日に摂取したたんぱく質とKを、食事に含まれる量として計算しますが、これらの研究では、たんぱく質摂取量を24時間尿中の尿素窒素とたんぱく質および理想体重から求める経験式が用いられ、Kの摂取量は尿中排泄量が使われました。腎臓病学者らしいやり方です。

一方Banerjee(文献342014年に、一般の集団を調べた横断研究を報告しました。研究対象の集団は、1999–2004年に行われた米国の国民健康栄養調査 National Health and Nutrition Examination SurveyNHANES)の20歳を超えた参加者の内から研究に必要なデータの取れた 12,293名で、対象者を推定NAE(番外編4の式8-1、推定NEAP = PRAL + OA)の大小で5分位に分類して、推定NAECKDの進行との関連性を検討しました。アルブミン尿(≧アルブミン30 mg/gクレアチニン)の発生については、推定NAEが最低のグループを対照としたときの最高のグループのオッズ比は1.57(95% 信頼区間 1.20–2.05で、アルブミン尿と推定NAE値との関連は統計学的に有意です。他のグループのオッズ比も1より大きく、各群の示す比の値の解析結果は、推定NAEが増すほどオッズ比が大きくなる、つまりアルブミン尿の発生が多くなるということになりました。また、腎機能の指標であるGFR 60 ml/min /1.73 m2より低いケースを見ると、推定NAEが最低のグループを対照にした他のグループのオッズ比は1より大きいものの、統計学的に有意ありませんでしたが、推定NAEが高いと、GFRの低下のリスクが増す傾向を示しました。

Banerjee(文献35はさらに今年(2015年)、1988-1994年に行われた米国の国民健康栄養調査(NHANES III)20歳を超えたCKD患者1,486名の追跡調査をし、末期腎不全(End Stage Renal DiseaseESRD)への進行を調べました。末期腎不全(透析導入、末期腎不全の発症および死亡)の転帰をとったのは、311 (20.9%)でした。そして、栄養調査で得られた推定NAE3分位に分類)と末期腎不全の発症との関連性に対して時間事象分析(競合リスクの死亡を考慮した)を行うと、推定NAE値と末期腎不全に至るリスクの増加との間に有意な関連性(交絡要因を調整後)があるという結果でした。

このように、最近の研究によって食事性酸負荷とCKDの重症化との間に関連性があることが明らかになってきました。ところが、疑問点が一つあります。この関連性には、CKDの悪化要因となるたんぱく質の摂取量が交絡因子になっている可能性があります。食事性酸負荷が大きいのは摂取たんぱく質量が多いからかも知れないからです。文献32の研究では、摂取たんぱく質量とNEAP値の間で関連性がなかったと記されていますが、他の研究では、摂取たんぱく質量とCKDの悪化との関係について記載がないようです。ところで、食事性酸負荷が直接関係するのであれば、アルカリ療法(重炭酸塩の投与)によってCKDの悪化を防ぐことができるはずです。このような観点からの研究が、上述の疫学研究が発表される以前から行われています。

de Brito-Ashurst(文献362009年、134の成人CKD患者(クレアチニン・クリアランスが1530 ml/ mi/1.73 m 2   血清HCO3濃度が1620 mmol /L)に重炭酸ナトリウム経口投与(1.82 ± 0.80 g/日)を行い、CKDの進行への影響をランダム化比較試験によって検討しました。2年の追跡期間で透析導入の転帰をとったのは、対照群33 %に対して、重炭酸ナトリウム投与群では6.5%(相対危険0.1395%信頼区間0.04 0.40)でした。また、CKDの悪化(クレアチニン・クリアランスが3 ml/ mi/1.73 m 2 以上の低下)を見た患者は、対照群45%に対して、重炭酸ナトリウム投与群では9%(相対危険0.1595%信頼区間0.06 0.40)で、アルカリ療法が有効であると言う結果が得られました。

Mahajan(文献37もアルカリ療法の有効性を、初期の高血圧性腎症GFR 60–90 ml/min)の患者についてランダム化プラセボ対照試験で調べました。120名の患者を3群に分けてそれぞれに重炭酸ナトリウム(0.5 mEq / kg体重)、食塩、またはプラセボを毎日5年間経口投与した結果、GFRは重炭酸ナトリウム投与群(66.4 ± 4.9 ml/min)が食塩投与群(62.7 ± 5.4 ml/min)やプラセボ投与群(60.8 ± 6.3 ml/min)より有意に高い値でした。したがって、重炭酸ナトリウム投与によって腎機能の低下が抑えられることが分かります。正味の酸排泄量NAE(8時間の蓄尿で測定)は、重炭酸ナトリウム投与群が他の2群より有意に低くかったことから、腎臓の酸排泄の負荷が長期にわたって軽減されたと考えられます。

さらに、CKDにおけるアルカリ療法の効果についてメタアナリシスを行った研究が2012年に報告されました(文献38。長期間(2ヶ月以上)のランダム化比較試験4件の解析(上記2つの研究を含む)の結果、重炭酸ナトリウム投与群は対照群と比べると、統計学的に有意に血清クレアチニンが低く、GFRの低下が抑えられ、透析導入に至る率が低いことが示されました。

これらの研究に続いてGoraya(文献39が果物と野菜の摂取を重炭酸ナトリウム投与と比較しながら検討しました。早期の高血圧性腎症GFR 60–90 ml/min)の患者を、重炭酸ナトリウム投与群(0.5 mEq/kg 体重/)、果物・野菜摂取群食事性酸負荷を50%減少)、未介入の3群に分けて、30日後のアルブミン、N-acetyl-β-D-glucosaminidase(尿細管・間質の傷害の指標)およびtransforming growth factor βTGFβ、尿細管間質線維化に関与する因子)の尿中排泄量を調べました。その結果、果物・野菜摂取は重炭酸ナトリウムと同等の腎機能保護効果かあることが確認されました。しかし、軽度の高血圧性腎症(GFR 90 ml/minでは3群間で有意な差がありませんでした。果物・野菜摂取によってKの摂取量が増えることが危惧されますが、30日間の果物・野菜摂取によって血清Kレベルには有意な変化が起きませんでした。

ところで、上の疫学研究で示されたように、CKDのためネフロンの数が減少した状態では、食事性酸負荷が腎機能に悪影響を及ぼします。そのメカニズムについて簡単に触れておきます。最近の「代謝性アシドーシスと慢性腎疾患の進行」と題する総説(文献40の中に、両者を関連づける要因について説明があります。その総説では、アンモニアによって誘導される補体の活性化、 エンドセリンが仲介する尿細管・間質の傷害、および 過剰アルドステロンが仲介するGFRの低下の三つの要因が挙げられています。アンモニアによる補体の活性化は次のような過程で進みます。進行性CKDでは、単位ネフロン当たりのH+の排出が増え、それに伴ってアンモニア生成が増加して残存ネフロンが傷害されます。このときアンモニアは補体C3を活性化して代替経路の反応を進行させる結果、尿細管・間質で炎症が引き起こされます。エンドセリンの関与は次のようです。(NH4)2SO4投与によって酸負荷をかけたラットでは、腎臓間質液のエンドセリンが増えます。エンドセリンには全身の酸負荷に応じて腎臓での酸排出を増加させるはたきがあるため、アンモニアの産生を高めることになります。また、次のような実験があります。腎臓を2/3摘出したラット(代謝性アシドーシスが現れない)では、エンドセリンが腎臓で増えてGFRが低下するが、エンドセリンの拮抗剤の投与によって、GFRの低下を抑えることができます(文献41)。過剰アルドステロンの作用については次のような研究があります。4人の健常人にNH4Cl 5日間投与して慢性アシドーシスにすると、アルデステロン分泌が高まったという報告があります。そして、アルデステロンは代謝性アシドーシスの場合、遠位ネフロンの酸性化を増強することが知られています。また、腎亜全摘ラットにアルデステロンを投与すると、タンパク尿、高血圧や糸球体硬化がひどくなるという観察があります。

上述のように、CKDでは食事性酸負荷が腎機能を低下させること、そしてこの腎機能の低下が重炭酸ナトリウム投与や果物・野菜の摂取によって抑えられることが近年分かってきました。このようなわけで、CKDの栄養管理は、たんぱく質、KPNaなどの個々の栄養素の管理に加えて、酸負荷の調整が必要になると思われます。また、CKDの原因には慢性腎炎のような腎疾患や糖尿病や高血圧のような全身疾患があり多様なため、それぞれの疾患に適した、酸塩基負荷の調整の仕方があるかも知れません。そのようなわけで、食事性酸負荷に配慮した、軽度CKDの二次予防のさらなる検討が望まれます。


今回は、食事性酸負荷とCKDの問題を取り上げました。CKDの臨床や疫学研究の方法論の詳細は私の専門外のため説明不足だと思いますが、概略は分かるように書いたつもりです。最後に述べたように、軽度CKDの二次予防のための、食事性酸負荷を意識した栄養管理が今後の課題になると思います。腎臓病研究者と管理栄養士の協同による課題解決の実現を期待します。

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