2016年3月26日土曜日

番外編7. 尿路感染症の罹りやすさが尿pHと関係する?


今回は、尿路感染の起きやすさが尿中代謝産物および尿pHと関係するかも知れないと言う話を取り挙げます。この話題は、健康と栄養に関するニュースを提供するウェブサイトである「リンクDEダイエット」(http://www.nutritio.net/)の記事で知りました。その記事はワシントン大学 (セントルイス)の広報(昨年625日)で発表された記事(https://source.wustl.edu/2015/06/a-persons-diet-acidity-of-urine-may-affect-susceptibility-to-utis/)を紹介したもので、昨年(2015年)中頃に米国生化学誌に発表されたShields-Cutlerらの研究(文献42)に基づいています。今回の話では、シデロカリンと言う自然免疫で活躍するたんぱく質がキーとなるので、先ずこのたんぱく質の説明をしたうえで、彼らの研究を解説しようと思います。初めに、参照した文献を掲げておきます。

42Shields-Cutler RR, Crowley JR, Hung CS, Stapleton AE, Aldrich CC, Marschall J, Henderson JP: Human Urinary Composition Controls Antibacterial Activity of Siderocalin, J. Biol. Chem., 290,15949-15960 (2015)

43. Goetz, DH, Holmes, MA, Borregaard, N, Bluhm, ME, Raymond,KN, and Strong, RK: The neutrophil lipocalin NGAL is a bacteriostatic agent that interferes with siderophore-mediated iron acquisition, Mol. Cell, 10, 1033–1043(2002)

44Bao, G, Clifton, M, Hoette, TM, Mori, K, Deng, S-X, Qiu, A, Viltard, M, Williams, D, Paragas, N, Leete, T, Kulkarni, R, Li, X, Lee, B, Kalandadze, A, Ratner, A J, et al.: Iron traffics in circulation bound to a siderocalin (Ngal)-catechol complex, Nat. Chem. Biol., 6, 602–609 (2010)

45Bao GH, Barasch J, Xu J, Wang W, Hu FL, Deng SX: Purification and Structural Characterization of "Simple Catechol", the NGAL-Siderocalin Siderophore in Human Urine, RSC Adv., 5, 28527-28535 (2015)

尿路感染症は頻度の高い感染症の一つで、その原因となる病原菌は主に大腸菌です。一般的に細菌が増殖するためには鉄が必要ですが、鉄のイオンは水中で極めて微量しか溶けた状態で存在しないので、菌にとって鉄の取り込みは容易ではありません。そこで、尿路感染の原因になるような大腸菌は、エンテロバクチンと言う低分子の物質を菌体外に分泌して、鉄を取り込むために利用します。エンテロバクチンは、図1に示すように分子内にカテコール構造を3個持ち、鉄イオン(Fe3+を強固に結合することができます。そして、大腸菌は菌体表面にある輸送体を使って-エンテロバクチン複合体を取り込みます。ところで、大腸菌の鉄の取り込み過程に介入して鉄を奪い取る働きをするのが、シデロカリンです。シデロカリンは、ヒトの多核白血球や尿路の上皮細胞で作られるたんぱく質で、鉄-エンテロバクチン複合体と強固に結合する働きがあります。シデロカリンが鉄-エンテロバクチン複合体を結合した構造がX線結晶解析によって明らかにされている(文献43)ので、図2に示します。シデロカリンの尿中濃度は、健常者では約1 nMですが、尿路で大腸菌の感染が起きるとシデロカリンが量産され、約100 Mになる仕組みになっています。これは、シデロカリンによる尿路感染症防御に好都合なことです。
1エンテロバクチンの構造。3個のカテコール構造(赤丸で囲んだ部分)をもち、この構造を使ってFe3+と複合体を作る。


2. 左図は、シデロカリン(青色)に鉄を結合したエンテロバクチン(赤色)が結合する様子を示す。
右図は、エンテロバクチンが鉄(球形)を結合した複合体を示す。 エンテロバクチンの3つのカテコール構造(六角形の部分)が鉄を結合してキレート錯体を作る。
図は、ウェブサイトPDB101Molecules of the Month の記事(http://pdb101.rcsb.org/motm/193)のものを転載改変。。


シデロカリンによる尿路感染症防御の機構は上記の説明で間違いないと考えますが、Shields-Cutlerらは、これとは違う機構でもシデロカリンが大腸菌の鉄の取り込みを阻害することを、次のような研究で示唆しました。エンテロバクチンを作ることできない大腸菌変異株を多数の健常者の尿検体中で培養してみると、検体によってシデロカリンが菌の増殖を抑制するものと許容するものがあることが観察されました。そこで、検体を増殖抑制と増殖許容の二つのグループに分け、シデロカリンによる菌の増殖抑制と尿の性状との関連を調べた結果、尿のpHがグループ間で統計学的に有意に異なり、酸性の尿より中性に近い尿の方が、シデロカリンの抗菌活性が高かったのです。また、シデロカリンの抗菌活性が尿検体のpHを重炭酸塩で上げると強くなり、逆に塩酸で下げると弱くなることが確認されました。

 さらに彼らは、尿中代謝産物を網羅的に調べる研究(メタボローム解析)を行って、シデロカリンの抗菌活性とアリール硫酸とばれる化合物の間に関連性があることを明らかにしました。アリール硫酸は、OH基をもつ芳香族化合物と硫酸がエステル結合したものの総称です。catechol sulfateamino cresol sulfateethylcatechol sulfatecaffeoylquinic acid lactone sulfateともう一つ未同定のアリール硫酸の尿中の濃度が、シデロカリンによって菌の増殖抑制の起きる検体では増殖許容の検体より統計学的に有意に高いことが見つかりました。これらの物質が、直接に鉄を結合して、シデロカリンの抗菌活性をもたらすのではなく、硫酸基の外れたカテコール化合物が鉄に結合すると、著者らは考えています。

3鉄を結合してシデロカリンと三者複合体を作るカテコール化合物。


事実、この研究に先立って2010年に、Baoら(文献44)は、尿中で検出される化合物の内でcatechol3-methylcatecholpyrogallolなどが鉄と複合体を形成して、シデロカリンに結合することを明らかにしています。それらの化学構造を図に示します。複合体がシデロカリンに結合する部位は、エンテロバクチンが結合する部位と同じで、カテコール化合物3個がFe3+と結合した複合体がシデロカリンと強固に結合します。Baoらは、さらにヒトの尿からシデロカリンに鉄を結合させる因子として働く物質の精製を試みた結果、catecholが得られたと報告しています(文献45)。この知見に基づくと、Shields-Cutlerらの研究でシデロカリンの抗菌活性をもたらしたカテコール化合物はcatecholである可能性が高いことになります。Baoら(文献44)は、pH7から低下させると、シデロカリンが鉄-カテコール化合物複合体と結合した三者結合物から鉄が遊離することも観察しているので、Shields-Cutlerらが示したシデロカリンの抗菌活性のpH依存性は、この現象を反映していると考えられます。

ところで、尿路感染症との関連で問題になるカテコール化合物が体内でどのように作られるかですが、ポリフェノールやチロシンのような食物の成分が腸内細菌によって分解される過程を経て作られることが分かっています。したがって、個人の食生活や腸内細菌叢がカテコール化合物の体内生成量に影響すると考えられます。そして、尿のpH も食事性酸負荷に影響されるので、Shields-Cutlerらの研究結果を踏まえると、尿路感染症に罹り易いのは食事のせいであると言うことになりそうです。彼らの研究は、試験管中の実験によるものなので、尿路感染症を繰り返す患者と健常者の間で、尿pHと尿中アリール硫酸の濃度を調べる疫学研究や、尿路感染症を繰り返す患者にクエン酸カリウムやクエン酸ナトリウムを投与する介入研究による検証が望まれます。

今回の「尿路感染症に罹り易いのは食事のせいかもしれない」と言う議論は尿路感染症の原因となる大腸菌を用いた試験管内の実験結果からの推測なので、疫学研究による検証が必要ですが、尿路感染症を繰り返す患者で食事の工夫によって、この疾患を予防できれば素晴らしいことです。痛風の治療で尿路結石予防のために、尿のpHを高める目的で使われるクエン酸カリウムやクエン酸ナトリウムが尿路感染症予防に用いられるようになるかもしれません。

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