2014年6月16日月曜日

「酸性食品・アルカリ性食品」再考 その1


私は大学の医学部で、長年、生化学の教育と研究に携わりました。最後に勤務した和歌山県立医科大学を定年退職後、さらに名古屋女子大学で6年、管理栄養士を目指す学生を対象にした教育も経験しました。このブログでは、栄養と関連した教育の経験をもとに記事を書こうと思います。まず「酸性食品・アルカリ性食品」を取り上げます。
 その理由は、近年、食の専門家を目指す学生が、「酸性食品・アルカリ性食品」について学ぶ機会がないからです。実際、この問題を扱った管理栄養士養成用の教科書はほとんどありません。しかし、肉をよく食べる人の尿は酸性に傾き、果物や野菜を多くとる人の尿はpHが高くなることは、科学的に根拠のある事実です。この理屈をしっかり勉強したい方は是非このブログを読んでみてください。食事のミネラル成分と尿中への酸の排出が密接に関係することを理解できるはずです。

1.「酸性食品・アルカリ性食品」と私

 私が管理栄養士養成校で担当した科目の一つに「生化学実験」があります。6年前(平成20年)に初めて行った授業では、前任者のテキストを用いました。その中に尿のpH 測定の実験があり、多量の果実や野菜の摂取時にはアルカリ性尿、また、多量に肉食したときには酸性尿となることが書かれていました。肉食の場合には、含硫アミノ酸の代謝の結果、硫酸ができるので体内で酸が生成することは明らかです。しかし、果物や野菜の場合は、クエン酸ナトリウムやクエン酸カリウムが体内に取り込まれる結果、血液にアルカリ(正しくは塩基と言うべきですが)が負荷されます。その訳は、ナトリウムだからアルカリだと言ってしまえばそれまでですが、血液中に取り込まれるはナトリウムイオンなので、なぜアルカリなのか不思議です。私は、若かりし頃にこのような疑問を持ったことを思い出します。医学の勉強では「酸性食品・アルカリ性食品」は出てこないので深く考えず、打っちゃっていました。しかし、管理栄養士養成校での「生化学実験」の授業をするようになってから、インターネットで調べて、食事性酸塩基負荷の指標PRALpotential renal acid load, 潜在的腎臓酸負荷)を論じたRemerManzの研究があることを知りました。それを勉強してみて、彼らの主張には科学的根拠があると思いました。そして、平成23年度のゼミ生と研究論文のいくつかを輪読しました。ところで、栄養士や管理栄養士の方にはPRALと言う用語がほとんど知られていないようですが、この実情は少々寂しい感じがします。
 このような事態を踏まえて、「『酸性食品』・『アルカリ性食品』の栄養学的意義についての再考」と題する小論を名古屋女子大学紀要(59号(家政・自然編)2939頁)で平成25年に発表しました。この小論は和歌山県立医科大学の化学の福島和明先生と名古屋女子大学の基礎栄養学の古市幸生先生との共著です。このブログでは、その内容をダイジェストしながら、「酸性食品・アルカリ性食品」の今昔物語を語ってみたいと思います。

2.「酸性食品・アルカリ性食品」とは

 「酸性食品・アルカリ性食品」の考え方19世紀末に始まり、食品を燃焼して生じる灰を水に溶かしたとき酸性を示すか、アルカリ性を示すかによって、食品を分類しました。そして、両者をバランスよく摂取することが、体液のpHバランスを保つのに望ましいと考えられました。酸度の測定は、食物を燃焼して灰化したものをアルカリ溶液で滴定することによって行われましたが、燃焼の過程でミネラルの酸化物が失われることがあるので、20世紀初頭に、食物自体に含まれるミネラルの量に注目したほうがよいと考えられるようになりました。そして、ミネラルの量を測定し,それから生成される酸・アルカリの当量を計算しました。得られた値は、ミネラルに由来する陰イオン・陽イオンのイオン当量に相当します。したがって、食物の酸度を食品に由来する陰イオン (Cl+ HPO42 + SO42陽イオン(Na+ + K+ + Ca2+ + Mg2+)とのイオン当量の差で求めることができます。体内でのミネラルの代謝によって、食物の燃焼による灰化の場合と同じ量の酸またはアルカリが産生されて、体液のpHが影響を受けると考えるので、この見解は食事灰化物仮説(dietary ash hypothesis)と呼ばれました。
この仮説はおおざっぱなものであったため1980年代になると、国内外で批判を受けるようになりました。 わが国では1980年代後半に,「アルカリ性食品・酸性食品の誤り」という一般向けの書物が世に出ました。 批判の一つは, 上記の仮説では、ミネラルの腸管吸収率が100%であると仮定していますが、これは正しくありません。各ミネラルの吸収率は、後で示しますが、さまざまです。また, 生体の強力な緩衝機構のため食事によって体液のpHが変動しないことを強調しています。
さらに, ミネラルのイオンが体液のpHH+を出したり受け取ったりすることはないのに, 陰陽イオンの量に差があるとどうして酸塩基平衡に影響が現れるのでしょうか。この点について、私は学生時代に疑問を持った覚えがあります。この点も食事灰化物仮説を受け入れにくくしたと思われます。

食事灰化物仮説では、ミネラルの実際の燃焼と代謝による「燃焼」を同等と考えていますが、これは飛躍のしすぎです。この点にも目を向けながら、次回は、食事摂取と体液の酸塩基平衡についてお話します。              
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