尿中酸排泄が多いと骨代謝への悪影響が起きるか否かついては、専門家の間でもいろいろな議論があります。今回は、この問題に対する研究の現状を、尿中への酸排泄(NAE)とCa排泄との関係に焦点を当ててお話します。参考にした文献を初めに掲げておきます。
21.Fenton TR, Eliasziw M, Lyon AW, Tough SC, Hanley
DA: Meta-analysis of the quantity of calcium excretion associated with the net
acid excretion of the modern diet under the acid-ash diet hypothesis, Am. J. Clin. Nutr., 88, 1159-1166 (2008)
22.Yeh BI, Kim YK, Jabbar W, Huang CL:
Conformational changes of pore helix coupled to gating of TRPV5 by protons, EMBO J., 24, 3224-3234 (2005)
23.Sutton RA, Wong NL, Dirks JH: Effects of
metabolic acidosis and alkalosis on sodium and calcium transport in the dog
kidney, Kidney Int. 15, 520-533 (1979)
24.Conigrave AD, Franks AH, Brown EM, Quinn SJ: L-amino
acid sensing by the calcium-sensing receptor: a general mechanism for coupling
protein and calcium metabolism?, Eur.J.
Clin. Nutr., 56, 1072-1080 (2002)
25.Thorpe MP, Evans EM: Dietary protein and bone
health: harmonizing conflicting theories, Nutr.
Rev., 69, 215-230 (2011)
26.Kerstetter JE, O'Brien KO, Caseria DM, Wall DE,
Insogna KL: The impact of dietary protein on calcium absorption and kinetic
measures of bone turnover in women, J. Clin.
Endocrinol. Metab., 90,26-31(2005)
27.Remer T, Krupp D, Shi L: Dietary protein's and
dietary acid load's influence on bone health, Crit. Rev. Food Sci. Nutr., 54,
1140-1150 (2014)
28.Nicoll R, Howard JM: The acid-ash hypothesis
revisited: a reassessment of the impact of dietary acidity on bone, J. Bone Miner. Metab., 32,469-475 (2014)
29.Bonjour JP: Nutritional disturbance in acid-base
balance and osteoporosis: a hypothesis that disregards the essential
homeostatic role of the kidney, Br. J.
Nutr., 110,1168-1177 (2013)
30. Frassetto LA, Sebastian
A: Commentary to accompany the paper entitled 'nutritional disturbance in
acid-base balance and osteoporosis: a hypothesis that disregards the essential
homeostatic role of the kidney', by Jean-Philippe Bonjour, Br. J. Nutr.,110,1935-1937
(2013)
31. McLean RR, Qiao N, Broe
KE, Tucker KL, Casey V, Cupples LA, Kiel DP, Hannan MT: Dietary acid load is
not associated with lower bone mineral density except in older men, J. Nutr., 141, 588-594 (2011)
「酸性食品・アルカリ性食品」再考(その4)では、次のように記載しました。この内容と関連した事柄をもう少し詳しく解説しようと思います
「尿中酸排泄と骨代謝への悪影響との関連については論議があります。高たんぱく質食を摂取すると、その代謝で生じる酸を中和するために骨からCaが遊離するという主張があります。しかし, 最近のメタアナリシスの結果はこの主張に否定的です。 NAEと1日の尿Ca排泄量との間で有意な相関が認められるが, NAEの変化はカルシウムバランス(摂取量 - 尿と便への排泄量)の変化と相関しなかったと言うことです。しかも骨代謝マーカーの変化とも相関しなかったので, NAEが高くCa排泄量が多くても、全身からのCaの損失は起きていないことになります(文献9)。 このことと関連した別の研究では, 閉経後の女性16人を対象に, 食肉摂取(高PRALの食事)と低たんぱく質食(低PRALの食事)を7週間ずつ供給する無作為クロスオーバー研究を行い, 尿中Ca排泄の増加が腸管からのCaの吸収の増加によることを観側しています(文献10)。あたかも 高たんぱく食によって尿へのSO42-の排出が多いときは, 腸管からのCa2+吸収を増やして尿中Ca2+量を高めてSO42-とのバランスを取ろうとする生理的機構が働いているようです。」
1.尿中酸排泄と尿中Ca排泄
尿中酸排泄(NAE)が尿中Ca排泄、カルシウムバランス、骨代謝マーカーなどと相関するか否かを調べた介入研究が多数発表されていますが、それらの結果のメタアナリシスよって、 NAEと尿中Ca排泄量との間には有意な相関があることが確認されました(文献9、21)。さらに、NAEが増えると尿中Ca排泄が増すという因果関係を示唆する研究もされているので、それを紹介します。
まず、腎臓でのCaの再吸収の話から始めましょう。尿細管の管腔側から血管側に向けてのCaの輸送経路には細胞内経路と細胞間経路の二つがあります(図8)。細胞内経路では、尿細管上皮細胞の管腔膜に存在するCa2+チャネルからCa2+が流入し、側底膜のCa2+ポンプやNa+/
Ca2+交換輸送体の働きで血管側に送り出されます。細胞間経路では、上皮細胞どうしを結び付けているタイトジャンクションを経てCa2+が輸送されます。その際、管腔膜に存在するNa+/K+/ Cl‐共輸送体とK+チャネル、および側底膜に存在するNa+ポンプとCl‐チャネルの働きによって管腔と血管側の細胞間質との間に生じた電位が、Ca2+輸送の駆動力となります。
図8. 尿細管でのCaの再吸収。Caの輸送経路には細胞内経路と細胞間経路がある。それぞれの経路で働くチャネル、輸送体、イオンポンプなどの上皮細胞の細胞膜上の局在を示す。細胞間経路では、Ca2+は細胞間のタイトジャンクションを通る。
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糸球体でろ過されたCa2+の98%が尿細管で再吸収されますが、10~15%の再吸収が遠位尿細管と結合尿細管(遠位尿細管と集合管をつなぐ)で起きます。これらの部位の細胞内経路による再吸収では、尿細管上皮細胞の管腔膜に存在するCa2+チャネルがCa2+流入の入り口で働きます。このCa2+チャネルは、かつてECaC1 (epithelial Ca2+ channel 1)と呼ばれましたが、現在はTRPV5(transient receptor potential vanilloid 5)チャネルとして知られています。TRPV5チャネルは細胞膜に埋め込まれおり、膜の内側と外側の部分でH+を感知し、pHが低い、即ちH+濃度が高いとチャネルの作用が阻害されることが明にされています(文献22)。食事性の酸負荷によってNAEが増加するようなときには、尿細管細胞の管腔側のpH が低くなるので、Ca2+の再吸収が減ってCa2+の尿中排泄が増加することになります。実際、イヌを用いた実験で、塩化アンモニウムを餌から与えて慢性的アシドーシスにすると、近位尿細管を超えた部位でCa2+の再吸収が阻害されることが観察されています(文献23)。
高たんぱく質食の摂取による尿中Ca2+排泄の増加には、たんぱく質の代謝による酸産生の増加以外の要因も考えられています。そもそも、血液中のCa2+濃度が高くなると、腎臓での再吸収を抑えて尿中にCa2+を排泄して血液のCa2+濃度を正常に保つ機構が働きます。このような調節はネフロンのヘンレ係蹄の太い上行脚で起きます。そこにある上皮細胞の側底膜にCa受容体があって、細胞外のCa2+濃度の上昇を感知します。そうすると、上皮細胞から成る膜を隔てる電位が小さくなるため、上皮細胞間のタイトジャンクションを介するCa2+の再吸収(細胞間経路)の駆動力が弱くなってCa2+の再吸収が減少します。ところで、アミノ酸にはCa受容体の感受性を高める作用があるため、高たんぱく質食の摂取によって腎臓でのCa受容体の応答が強められるというシナリオが考えられます(文献24)。しかし、この機構によるCa2+排泄への寄与は次の理由で小さいと思われます。文献21の研究でメタアナリシスに用いられたデータを使って、NAEを増減させるために摂取たんぱく質量を変化させても不揮発性酸量を変化さても、NAEの変化に対するCa排泄量の変化の割合に有意差がなかったからです(文献25)。
2.カルシウムバランス
健常者では、高たんぱく質食で尿への酸排泄が多くなるときには、尿中へのCaが増えても全身からのCaの損失は起きません。その理由は、高たんぱく質食を摂ると腸管からのCaの吸収も増加するためです。先に触れたCaoらの食事介入研究(文献10)では、この点が放射性同異元素47Caを用いてCaの吸収を測定して検証されていますが、それより先に、Kerstetterら(文献26)が同様な結論を出しています。二種類のCa安定同異元素(44Caと42Ca)を用いる方法で、1.0g/kg体重と2.1g/kg体重のたんぱく質を供給してCaの体内動態を女性13人で調べたところ、腸管からのCa吸収率はそれぞれ 18.5 ± 1.6%と26.2 ± 1.9%、尿中へのCaの排泄は 3.57 ± 0.35 mmol/日と5.23
±
0.37 mmol/日でした。たんぱく質摂取によって腸管のCa吸収が増加する理由は明らかでありませんが、Remerら(文献27)は、Caoらの研究(文献10)の結果を食物繊維やシュウ酸がCaの腸管吸収を妨げる事実に基づいて説明しています。低たんぱく質食は、野菜や果物が多いためこれらの物質を多く含むので、高たんぱく質食に比べてCaの吸収率が低いと考えました。逆に、高たんぱく質食では、Caが余計に吸収されることになりますが、その分が血液のCaの恒常性を保つために腎臓から排泄されます。たんぱく質の異化代謝によるNAEの増加が、Caチャネルの働きを抑えることは先に説明しましたが、これがCaの恒常性維持に寄与すると考えることができます。
食事介入研究のメタアナリシスによって、NAEとカルシウムバランスの間で相関が認められなかったことは前に述べました(文献9)。その解析の対象となった食事は、どれもたんぱく質の量ないし種類を変えたものでした。たんぱく質量は同じで不揮発性酸量を変化させたとき、カルシウムバランスがどうなるか知りたいところですが、この点を調べた介入研究で、信頼性の高いものは無いようです。
上で述べたように、NAEの増加に伴って尿中に失われるCaが増えるときには、腸管から吸収されるCaも増加してCaの出納が均衡していることになります。しかし、酸負荷をもたらすような食事の摂取によって、骨からCaが失われるという見解は、一流の研究者にも受け入れられているようです。最近発表された三編の総説に目を通してみましたが、二編がそのような見解を踏襲しています。Nicoll とHowardの総説(文献28)では、従来の酸負荷による骨吸収について再考しつつ、最近のメタアナリシスの結果に合うような議論がされています。Caの摂取が十分であれば、高たんぱく食によって酸負荷がかかっても骨代謝に悪影響はないが、Caの摂取が不十分だと骨が侵されると結論しています。Remerらによるもう一編の総説(文献27)では、長期にわたる食事性の強い酸負荷があると血液のH+濃度が正常範囲内の高めの状態(潜行性の代謝性アシドーシス(subtle metabolic acidosis))になって、骨組織の細胞間質のpHのわずかな低下により骨のミネラルの減少することがありうると考えています。一方、Bonjourの総説(文献29)は、酸負荷によって骨吸収が起きるという考え方をきっぱり否定しています。この考え方の根拠になった研究に疑問を呈したうえで、酸負荷が骨吸収に影響しないのは最近のメタアナリシスの研究で示された通りであると主張しました。潜行性の代謝性アシドーシスの状態を考えることに反対で、腎臓が血液の酸塩基平衡とCa濃度の恒常性に果たす役割の重要性を説いています。
このように専門家の間で相対立する意見が出ていますが、Bonjourの総説に対してFrasettoとSebastianが論評(文献30)を発表し、対立を調整する考え方を示しました。彼らは、過去の食事介入研究(文献17)のデータを使って、内因性酸産生量(NEAP)が高値になるとNEAPがNAEに等しくならず、大きくなることを示しました。つまり、酸が体内にたまることがあることを認めています。Bonjourは、酸負荷により骨吸収が起きるという仮説に反対するにあたって、その根拠になった論文に示された速度で骨が失われると、全身の骨が数年でなくなってしまうと言う理屈を重視しました。酸を中和するために骨からHCO3‐やリン酸塩が遊離されるとき、Caが遊離すると考えるわけですが、論評は骨以外に血液からH+を減らす機構として、全身のpHが低下したときに起きる有機酸の生成抑制や細胞外のH+と細胞内のK+と交換を指摘しています。
これまでところで食事介入研究から得られた知見を述べましたが、最後に米国で行われた、酸負荷と骨密度との関連性を調査した疫学研究(文献31)の結果を見てみます。マサセチュー州フラミンガムで心臓疾患の危険因子を調べた有名なコホート研究があることは皆さんご存知かと思います。これから話題にする疫学研究の対象者は、そのコホート研究に参加した地域住民(親集団)とその子孫集団のうち骨粗鬆症研究に参加した人達です。Caの摂取が十分だと酸負荷による骨への悪影響が及ばないと考え、Ca摂取が800 mg/日未満の親集団(平均年齢76歳)と子孫集団(平均年齢60歳)について男女別に、酸負荷と骨密度(大腿骨頸部と腰椎)との関連性が調べられました。その結果、関連性があったのは親集団の男性においてのみで、推定NEAP(四分位点で分割したサブグループを比較)と大腿骨頸部の骨密度の間に逆相関(p=0.04)が認められました。この結果から、概して高齢者でも食事による酸負荷が骨密度の低下と関係しないことになります。ただし、男性高齢者で見られた酸負荷の悪影響を考えると、先に述べた潜行性の代謝性アシドーシスを必ずしも否定できないようです。日常の食事による酸負荷の処理が、老化によって十分にできなくなるかどうかの検証が要りますが、昨今サルコぺニアの予防のため高齢者にたんぱく質の豊富な食事が推奨されることを考慮すると、同時に野菜や果物を摂取して酸負荷を緩和することが望まれます。このことは、栄養バランスの観点からも適切であることは言うまでもありません。
今回の話題にした尿中酸排泄と尿中Ca排泄との関係については、文献が膨大にあり、文献を読めば読むほど混乱してしまいます。実際、専門家の間でも論議があります。そこで、できるだけ研究の現状を踏まえて、私なりに理解したことを書いてみました。一つ思ったことは、最後に説明したような疫学研究が我が国にないのは寂しい限りです。類似の研究してみようという栄養学関係者が現れることを期待します。
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