学術文献の検索サイトPubMedを使って"dietary
acid load" で検索すると、食事性酸負荷と慢性腎疾患(CKO)の悪化との相関を調べた最近の研究がいくつか見つかります。研究では、食事性酸負荷が大きいとCKOが重症化するリスクが増加することが指摘されています。この指摘は臨床栄養学上無視できない問題なので、今回の話題にします。まず、参考にした文献を初めに掲げておきます。
32.Scialla JJ, Appel
LJ, Astor BC, Miller ER 3rd, Beddhu S, Woodward M, Parekh RS, Anderson CA;
African American Study of Kidney Disease and Hypertension Study Group: Net
endogenous acid production is associated with a faster decline in GFR in
African Americans, Kidney Int., 82, 106-112 (2012)
33. Kanda E, Ai M, Kuriyama R, Yoshida M,
Shiigai T: Dietary acid intake and kidney disease progression in the elderly, Am. J. Nephrol., 39, 145-152 (2014)
34..Banerjee T, Crews DC, Wesson DE, Tilea
A, Saran R, Rios Burrows N, Williams DE, Powe NR; Centers for Disease Control
and Prevention Chronic Kidney Disease Surveillance Team: Dietary acid load and
chronic kidney disease among adults in the United States, BMC Nephrol., 15:137
doi: 10.1186/1471-2369-15-137(2014)
35. Banerjee T, Crews DC, Wesson DE, Tilea
AM, Saran R, Ríos-Burrows N, Williams DE, Powe NR; Centers for Disease Control
and Prevention Chronic Kidney Disease Surveillance Team, High Dietary Acid Load
Predicts ESRD among Adults with CKD, J.
Am. Soc. Nephrol., 26, 1693-1700
(2015)
36. de Brito-Ashurst I, Varagunam M,
Raftery MJ, Yaqoob MM: Bicarbonate supplementation slows progression of CKD and
improves nutritional status, J. Am. Soc.
Nephrol., 20, 2075-2084 (2009)
37. Mahajan A, Simoni J, Sheather SJ,
Broglio KR, Rajab MH, Wesson DE: Daily oral sodium bicarbonate preserves
glomerular filtration rate by slowing its decline in early hypertensive
nephropathy, Kidney Int., 78, 303-309 (2010)
38. Susantitaphong P, Sewaralthahab K, Balk
EM, Jaber BL, Madias NE: Short- and long-term effects of alkali therapy in
chronic kidney disease: a systematic review, Am. J. Nephrol., 35, 540-547
(2012)
39. Goraya N, Simoni J, Jo CH, Wesson DE: Dietary
acid reduction with fruits and vegetables or bicarbonate attenuates kidney
injury in patients with a moderately reduced glomerular filtration rate due to
hypertensive nephropathy, Kidney Int.,
81, 86-93 (2012)
40. Chen W, Abramowitz MK: Metabolic
acidosis and the progression of chronic kidney disease, BMC Nephrol., 15:55.
doi: 10.1186/1471-2369-15-55 (2014)
41.Wesson DE, Simoni J: Acid retention
during kidney failure induces endothelin and aldosterone production which lead
to progressive GFR decline, a situation ameliorated by alkali diet, Kidney Int., 78, 1128-1135 (2010)
Sciallaら(文献32)は2012年に、アフリカ系アメリカ人の腎硬化症患者632人を調べた研究を報告しました。患者の集団を正味の内因性酸産生量(NEAP)が最も高い者から最も低い者まで4分位で分類して各グループの腎機能の経時的な変化を時間事象分析 (time-to-event
analysis)によって調べました。その結果、NEAPとGFRの低下の速さとの間に有意な関連性が認められました。GFRの低下が腎機能の悪化につながるため、NEAPが進行性の慢性腎疾患に対しての危険因子となることが示されました。
我が国からもKandaら(文献33)が2014年に、GFRが60 ml/min/1.73 m 2以下の60歳以上の非透析CKD患者217人に対して行った研究を発表しています。観察期間1年のうちにGFRの25%低下あるいは透析療法の開始に至った患者を調べると、59名ありました。このような転帰の発生状況は、対象患者をNEAP値により4分位で分類して比較すると、NEAP値最低のグループ 0.18 人/年、2番目のグループ 0.22 人/年、3番目のグループ 0.44 人/年、最高のグループ 0.42 人/年でした。これを時間事象分析すると、NEAP値が高いとGFRの低下や透析療法の必要性が生じやすくなるという結果が得られました。
以上二つの研究では、NEAPを番外編4で説明したFrassettoの経験式(推定NEAP (mEq/日) = [ 54.5 × Pro(g/日) / K (mEq/日) ] -10.2)で計算しています。この式を使うときには、1日に摂取したたんぱく質とKを、食事に含まれる量として計算しますが、これらの研究では、たんぱく質摂取量を24時間尿中の尿素窒素とたんぱく質および理想体重から求める経験式が用いられ、Kの摂取量は尿中排泄量が使われました。腎臓病学者らしいやり方です。
一方Banerjeeら(文献34)は2014年に、一般の集団を調べた横断研究を報告しました。研究対象の集団は、1999–2004年に行われた米国の国民健康栄養調査 (National Health and Nutrition
Examination Survey、NHANES)の20歳を超えた参加者の内から研究に必要なデータの取れた 12,293名で、対象者を推定NAE(番外編4の式8-1、推定NEAP = PRAL + OA)の大小で5分位に分類して、推定NAEとCKDの進行との関連性を検討しました。アルブミン尿(≧アルブミン30 mg/gクレアチニン)の発生については、推定NAEが最低のグループを対照としたときの最高のグループのオッズ比は1.57(95% 信頼区間 1.20–2.05)で、アルブミン尿と推定NAE値との関連は統計学的に有意です。他のグループのオッズ比も1より大きく、各群の示す比の値の解析結果は、推定NAEが増すほどオッズ比が大きくなる、つまりアルブミン尿の発生が多くなるということになりました。また、腎機能の指標であるGFR が60 ml/min /1.73 m2より低いケースを見ると、推定NAEが最低のグループを対照にした他のグループのオッズ比は1より大きいものの、統計学的に有意ありませんでしたが、推定NAEが高いと、GFRの低下のリスクが増す傾向を示しました。
Banerjeeら(文献35)はさらに今年(2015年)、1988-1994年に行われた米国の国民健康栄養調査(NHANES III)で20歳を超えたCKD患者1,486名の追跡調査をし、末期腎不全(End Stage Renal Disease:ESRD)への進行を調べました。末期腎不全(透析導入、末期腎不全の発症および死亡)の転帰をとったのは、311名 (20.9%)でした。そして、栄養調査で得られた推定NAE(3分位に分類)と末期腎不全の発症との関連性に対して時間事象分析(競合リスクの死亡を考慮した)を行うと、推定NAE値と末期腎不全に至るリスクの増加との間に有意な関連性(交絡要因を調整後)があるという結果でした。
このように、最近の研究によって食事性酸負荷とCKDの重症化との間に関連性があることが明らかになってきました。ところが、疑問点が一つあります。この関連性には、CKDの悪化要因となるたんぱく質の摂取量が交絡因子になっている可能性があります。食事性酸負荷が大きいのは摂取たんぱく質量が多いからかも知れないからです。文献32の研究では、摂取たんぱく質量とNEAP値の間で関連性がなかったと記されていますが、他の研究では、摂取たんぱく質量とCKDの悪化との関係について記載がないようです。ところで、食事性酸負荷が直接関係するのであれば、アルカリ療法(重炭酸塩の投与)によってCKDの悪化を防ぐことができるはずです。このような観点からの研究が、上述の疫学研究が発表される以前から行われています。
de Brito-Ashurstら(文献36)は2009年、134の成人CKD患者(クレアチニン・クリアランスが15-30 ml/ mim/1.73 m 2 で 血清HCO3-濃度が16-20 mmol /L)に重炭酸ナトリウム経口投与(1.82 ± 0.80 g/日)を行い、CKDの進行への影響をランダム化比較試験によって検討しました。2年の追跡期間で透析導入の転帰をとったのは、対照群33 %に対して、重炭酸ナトリウム投与群では6.5%(相対危険0.13、95%信頼区間0.04 - 0.40)でした。また、CKDの悪化(クレアチニン・クリアランスが3 ml/ mim/1.73 m 2 以上の低下)を見た患者は、対照群45%に対して、重炭酸ナトリウム投与群では9%(相対危険0.15、95%信頼区間0.06 - 0.40)で、アルカリ療法が有効であると言う結果が得られました。
Mahajanら(文献37)もアルカリ療法の有効性を、初期の高血圧性腎症(GFR が60–90 ml/min)の患者についてランダム化プラセボ対照試験で調べました。120名の患者を3群に分けてそれぞれに重炭酸ナトリウム(0.5 mEq / kg体重)、食塩、またはプラセボを毎日5年間経口投与した結果、GFRは重炭酸ナトリウム投与群(66.4 ± 4.9
ml/min)が食塩投与群(62.7 ± 5.4
ml/min)やプラセボ投与群(60.8 ± 6.3 ml/min)より有意に高い値でした。したがって、重炭酸ナトリウム投与によって腎機能の低下が抑えられることが分かります。正味の酸排泄量NAE(8時間の蓄尿で測定)は、重炭酸ナトリウム投与群が他の2群より有意に低くかったことから、腎臓の酸排泄の負荷が長期にわたって軽減されたと考えられます。
さらに、CKDにおけるアルカリ療法の効果についてメタアナリシスを行った研究が2012年に報告されました(文献38)。長期間(2ヶ月以上)のランダム化比較試験4件の解析(上記2つの研究を含む)の結果、重炭酸ナトリウム投与群は対照群と比べると、統計学的に有意に血清クレアチニンが低く、GFRの低下が抑えられ、透析導入に至る率が低いことが示されました。
これらの研究に続いて、Gorayaら(文献39)が果物と野菜の摂取を重炭酸ナトリウム投与と比較しながら検討しました。早期の高血圧性腎症(GFR 60–90 ml/min)の患者を、重炭酸ナトリウム投与群(0.5 mEq/kg 体重/日)、果物・野菜摂取群(食事性酸負荷を50%減少)、未介入の3群に分けて、30日後のアルブミン、N-acetyl-β-D-glucosaminidase(尿細管・間質の傷害の指標)およびtransforming growth factor β(TGFβ、尿細管間質線維化に関与する因子)の尿中排泄量を調べました。その結果、果物・野菜摂取は重炭酸ナトリウムと同等の腎機能保護効果かあることが確認されました。しかし、軽度の高血圧性腎症(GFR >90 ml/min)では3群間で有意な差がありませんでした。果物・野菜摂取によってKの摂取量が増えることが危惧されますが、30日間の果物・野菜摂取によって血清K+レベルには有意な変化が起きませんでした。
ところで、上の疫学研究で示されたように、CKDのためネフロンの数が減少した状態では、食事性酸負荷が腎機能に悪影響を及ぼします。そのメカニズムについて簡単に触れておきます。最近の「代謝性アシドーシスと慢性腎疾患の進行」と題する総説(文献40)の中に、両者を関連づける要因について説明があります。その総説では、①アンモニアによって誘導される補体の活性化、② エンドセリンが仲介する尿細管・間質の傷害、および③ 過剰アルドステロンが仲介するGFRの低下の三つの要因が挙げられています。①アンモニアによる補体の活性化は次のような過程で進みます。進行性CKDでは、単位ネフロン当たりのH+の排出が増え、それに伴ってアンモニア生成が増加して残存ネフロンが傷害されます。このときアンモニアは補体C3を活性化して代替経路の反応を進行させる結果、尿細管・間質で炎症が引き起こされます。②エンドセリンの関与は次のようです。(NH4)2SO4投与によって酸負荷をかけたラットでは、腎臓間質液のエンドセリンが増えます。エンドセリンには全身の酸負荷に応じて腎臓での酸排出を増加させるはたきがあるため、アンモニアの産生を高めることになります。また、次のような実験があります。腎臓を2/3摘出したラット(代謝性アシドーシスが現れない)では、エンドセリンが腎臓で増えてGFRが低下するが、エンドセリンの拮抗剤の投与によって、GFRの低下を抑えることができます(文献41)。③過剰アルドステロンの作用については次のような研究があります。4人の健常人にNH4Cl を5日間投与して慢性アシドーシスにすると、アルデステロン分泌が高まったという報告があります。そして、アルデステロンは代謝性アシドーシスの場合、遠位ネフロンの酸性化を増強することが知られています。また、腎亜全摘ラットにアルデステロンを投与すると、タンパク尿、高血圧や糸球体硬化がひどくなるという観察があります。
上述のように、CKDでは食事性酸負荷が腎機能を低下させること、そしてこの腎機能の低下が重炭酸ナトリウム投与や果物・野菜の摂取によって抑えられることが近年分かってきました。このようなわけで、CKDの栄養管理は、たんぱく質、K、P、Naなどの個々の栄養素の管理に加えて、酸負荷の調整が必要になると思われます。また、CKDの原因には慢性腎炎のような腎疾患や糖尿病や高血圧のような全身疾患があり多様なため、それぞれの疾患に適した、酸塩基負荷の調整の仕方があるかも知れません。そのようなわけで、食事性酸負荷に配慮した、軽度CKDの二次予防のさらなる検討が望まれます。
今回は、食事性酸負荷とCKDの問題を取り上げました。CKDの臨床や疫学研究の方法論の詳細は私の専門外のため説明不足だと思いますが、概略は分かるように書いたつもりです。最後に述べたように、軽度CKDの二次予防のための、食事性酸負荷を意識した栄養管理が今後の課題になると思います。腎臓病研究者と管理栄養士の協同による課題解決の実現を期待します。
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