2014年11月16日日曜日

番外編4 内因性酸産生量の見積もり方


 「酸性食品・ アルカリ性食品」再考(その4)の最後の所で、食事性酸負荷の概念が世界の栄養学関係者に認知されており, 2007年のThe Journal of Nutritionの誌上に推定NAEの計算に用いるアルゴリズムや用語を研究者間で確認した記事があることを述べました。今回は、この記事に出てくる正味の内因性酸産生量(net endogenous acid production, NEAP)という食事性酸負荷の指標について述べます。参考にした文献を初めに掲げておきます。

17) Lennon EJ, Lemann J Jr, Litzow JR: The effects of diet and stool composition on the net external acid balance of normal subjects, J. Clin. Invest. , 45, 1601-1607 (1966)

18) Sebastian A, Frassetto LA, Sellmeyer DE, Merriam RL, Morris RC Jr: Estimation of the net acid load of the diet of ancestral preagricultural Homo sapiens and their hominid ancestors, Am. J. Cli.n Nutr. , 76, 1308-16 (2002)

19) Frassetto LA, Todd KM, Morris RC Jr, Sebastian A: Estimation of net endogenous noncarbonic acid production in humans from diet potassium and protein contents, Am. J. Clin. Nutr. , 68, 576-583 (1998)

20) Frassetto LA, Shi L, Schloetter M, Sebastian A, Remer T: Established dietary estimates of net acid production do not predict measured net acid excretion in patients with Type 2 diabetes on Paleolithic-Hunter-Gatherer-type diets, Eur. J. Clin. Nutr., 67, 899-903 (2013)

上述の記事では、Remer Manzが定義した推定NAE は、推定NEAPと記されています。推定NAE 再考(その4)で説明しました。今回の記事では推定NEAPを使うことにします。

推定NEAP = PRAL + OA ・・・・式8-1

さらに記事には、SebastianらによるNEAPの推定の仕方が書かれています。彼らの推定も、基本的にはRemerManzの推定NAEと同様な考えに基づいています。その基本となるのは下の式(番外編3の式6-1)で、その左辺がNEAPを示しています。

Cl+ Pi1.8+ SO42+ OA­-(Na+ K+ Ca2+ + Mg2+)= NH4 + TA  HCO3

この式の無機イオン、OA(体内で生成された有機酸)TA(尿に排出された滴定酸)の量はすべてイオン当量で表します。
ところで、NEAPを実測した研究があります(文献17)SO42は、腸管から吸収されたタンパク質の含流アミノ酸が代謝されて生成します。その量は尿に排泄された量から求められます。その他の無機イオンについては、腸管から吸収された(Na+ K+ Ca2+ + Mg2+)-(Cl+ Pi1.8)の量が、食事と糞便でそれぞれのイオンを測定すれば、両者の差から求めることができます。この差に相当する量のHCO3が体液に加えられます。また、OA は尿に排泄された量から求められます。いずれも1日分のイオン当量で測ります。そして、次の式に従ってNEAP の実測値が計算されます。

NEAP =  SO42 OA -(食事-糞便)[Na+ K+ Ca2+ + Mg2+)-(Cl+ Pi1.8]

実際このようにして求めたNEAPNAE(= NH4 + TA  HCO3、上の式の右辺)の実測値と等しいことが文献17の研究で示されました。

Sebastian(文献18)は、上の式をベースにして、NEAPを次のように推定することを提唱しました。

推定NEAP =  SO42-{(0.95×[Na]+ 0.80×[K+] + 0.25×[Ca2+ ]+ 0.32×[Mg2+])-(0.95×[Cl]+ 0.63×[Pi1.8])}+ OA ・・・・式8-2

    たんぱく質の腸管吸収率を75%とし、吸収されたたんぱく質のメチオニンとシステインが完全に代謝され、SからH2SO4ができる。産生されるH2SO4の当量はメチオニンとシステインの含量に基づいて計算する。
    無機イオンが腸管から吸収されたとき、陽イオンの総量(0.95×[Na]+ 0.80×[K+] + 0.25×[Ca2+ ]+ 0.32×[Mg2+])から陰イオンの総量(0.95×[Cl]+ 0.63×[Pi1.8]を差し引いた差に相当する量のHCO3が血液に加えられる。各イオンの当量に掛ける係数は腸管吸収率である。
    尿中に排泄される有機陰イオンの量は、糖や脂肪の不完全な代謝やプリン体の代謝によって産生された有機酸の量と等しい。有機酸量は、尿中有機陰イオンの1日排泄量(mEq/日)と食事の(Na+ K+ Ca2+ + Mg2+)-(Cl+ Pi1.8)の量(mEq/日)と関係を調べた研究で得られた次の関係式によって計算する。

OA = 32.9 0.15×[Na+ K+ Ca2+ + Mg2+)-(Cl+ Pi1.8]

 RemerManzの計算の仕方との違いは、SO4の当量をメチオニンとシステインの含量に基づいて計算する点とOAを食事から摂取されるミネラルとの関係から求める点です。RemerManzの場合は、SO4の当量をたんぱく質量からメチオニンとシステインの推定平均含量に基づいて計算しました。また、OAを再考(その3)で述べたように身体計測の値から求めました。

 前述のThe Journal of Nutritionの記事には、たんぱく質(Pro)Kの摂取量によってNEAPを推定するFrassettoらの計算式も記載されています(文献19)。彼らは、たんぱく質に由来するH2SO4産生が酸産生の主要因であり、有機酸塩の腸管からの吸収による血液中塩基の増加は主にK+によると考えて、この二つの食品成分に着目しました。20種類の食事を摂取した多数の健康人の尿を分析してNAEを測定し、NEAPを推測する回帰式を得ました。

推定NEAP (mEq/) [ 0.91 × Prog/日)][ 0.57 × K (mEq/) ] + 21 ・・・式8-3

推定NEAP (mEq/) [ 54.5 × Prog/) / K (mEq/) ] 10.2

 式8-18-2によるNEAPの計算法は、欧米の食事のように果物と野菜が少なくたんぱく質の多い食事に対してはNAEを適切に推定できることが食事介入研究によって示されていますが、果物と野菜の多い食事には適用できないことが確かめられています。Remerの研究グループとSebastianのグループが共同して、2型糖尿病患者に高たんぱく質で果物・野菜の少ない食事と、高たんぱく質で果物・野菜の多い食事(狩猟採集時代の食事を想定)を摂取してもらって食事介入研究を行いました(文献20)。その結果、尿の分析によるNAEの測定値は後者の果物・野菜の多い食事(31 ± 22 mEq/日)の方が前者の果物・野菜の少ない食事(112 ± 52 mEq/日)より有意に低い値でした。高たんぱく質で果物・野菜の多い食事の場合、式8-1、式8-2*および式8-3による推定NEAP(平均 ± SD、n=8)は、それぞれ-47 ± 18 mEq/日、-26 ± 14  mEq/日、および27 ± 5 mEq/日でした。これらの値をNAEの実測値(31 ± 22 mEq/日)と比べると、体液の酸塩基バランスの生理学に基づく式8-1と式8-2の方が、二つの食品成分の摂取量にのみ着目した式6-3より、NAEの実測値からのずれが大きいことがわかります。研究者たちは、前者の二つの式に含まれるOAの見積もり方に問題があると考えました。実際、果物や野菜の摂取量が多いほど尿中へのOAの排出が増すことが分かっています。番外編2で安息香酸やキナ酸を含む果物の摂取によって尿中に馬尿酸が排出されNAEを増加させることを説明しましたが、そのようなことが起きるためです。また、たんぱく質の摂取量が増すほどOA産生量が増えるという研究があります。いずれにしても、NEAPを推定するための式8-1と式8-2は、果物・野菜の多い食事には、注意がいることになります。
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*文献20では、式8-2の説明の通りではなく、OA以外の計算をRemerのPRALで置き換えています。


このブログの「酸性食品・アルカリ性食品」再考では、RemerManzによるNAEの推定法しか述べませんでした。食事性酸塩基負荷を扱った研究論文には、Frassettoらの計算式も見かけます。そのようなわけで今回の記事を書きました。SebastianらのNEAPの考え方によって、内因性酸産生の理解を深めることができたと思います



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2014年10月1日水曜日

番外編3.胃酸の中和


以前に「酸性食品・アルカリ性食品」を話題にした折に、同僚の先生から「多量の胃酸が分泌されるので、食事による酸塩基の影響は現れないのではないか」という疑問を聞いたことがあります。今回は、この疑問に答えようと思います。


1.胃酸とRemerManzの仮説
基礎栄養学のある教科書によれば、胃液は1日に0.51.5 L分泌され、pH1.52です。仮にpH 2の胃液1 Lには、10 Eq H+が含まれます。一方、食事性の酸負荷は、消化管から体内に吸収された食物由来の無機非金属陰イオン( Cl+ Pi1.8+ SO42 )の当量から無機金属陽イオン(Na+ K+ Ca2+ + Mg2+ の当量を差し引いた値で示されます(「酸性食品・アルカリ性食品」再考(その3)参照)。 その値(1日当たり)は、ミネラル代謝が動的平衡状態にあれば、1日に尿に排泄された各イオンの当量から求めることができます。これをRemerManzの食事介入研究の尿のデータ((その3)で示した文献4)から読み取ると、低たんぱく食の人で-34.3 Eq、適量たんぱく食の人で9.8 Eq、高たんぱく食の人で76.4Eqです。食事性の酸負荷量は、たんぱく質の摂取量によってこのように大きく変動しますが、胃酸の産生による血液への塩基負荷量は10 Eq位なので食事による変動幅の方が大きいです。しかし、10 Eq位と言う値は無視できない大きさなので、胃酸が腸に移行してから正確に中和されないと、ミネラル代謝の動的平衡が維持されなくなります。実際は、中和が適切に行われるので、問題は起きません。

2胃酸の中和
体液の酸塩基平衡を考えるうえで、胃酸の中和は大切な問題なので、胃酸の生成および膵液や胆汁に含まれる塩基(HCO3)の生成も含めて全体像を見てみようと思います。食事による酸負荷は、消化管から体内に吸収された食物由来のミネラルに起因します。一方、胃酸の中和は消化管の中のことで、胃酸が混じった胃の内容物が、十二指腸に移行し、アルカリ性の膵液と胆汁によって中和されます。胃酸が生成されるときには、胃からHCO3が血液中に入り、膵液や胆汁の生成時には、H+が血液中に入って、血液の酸塩基平衡に影響を与えます。それ故、胃酸を中和するのに適量の膵液と胆汁が作られねばなりません。つまり、胃で生成されるH Clの当量と腸管に分泌される膵液・胆汁中のHCO3 の当量が等しくなる必要があります。 そうでないと、ミネラル代謝の動的平衡が保たれないので、( Cl+ Pi1.8+ SO42 )-(Na+ K+ Ca2+ + Mg2+)によって求められるイオン当量で食事性の酸塩基負荷を考えることができなくなります。実際はそのようなことはなく、RemerManz食事介入研究((その3)で示した文献4で、尿への酸排泄量NAE Cl+ Pi1.8+ SO42+ OA )-(Na+ K+ Ca2+ + Mg2+)の実測値とがほぼ一致するという結果が得られました。これは、我われの体が胃酸の中和を厳密に行っているからです。

図7.胃酸の分泌と中和。
十二指腸に送り込まれた胃内容物のHClは膵液・胆汁のNaHCO3 によって中和されます。その結果NaClH2CO3が生成し、H2CO3からCO2ができます。そして、NaClCO2は腸管から吸収されて血液に取り込まれ、CO2はさらにH2Oと反応してHCO3H+を生じるので、消化管に分泌されたHClNaHCO3が血中に戻ったことになります。
胃でHができるときには、血液からCO2が壁細胞に取り込まれ、HCO3が血液に送り出されます。また、膵臓や肝臓でHCO3ができるときには、CO2が導管細胞や胆管細胞に取り込まれ、H+が血液に移行します。このH+HCO3と反応してH2CO3になるので、結果的に血液のHCO3が減少することになります。



次に、胃酸の中和がどのように行われ、体液の酸塩基平衡がどのように保たれるかを見てみましょう(図7)。胃の内容物が十二指腸に移行する際、一度に多量流れ込まないような仕組みになっています。少量が十二指腸に送り込まれた後、幽門は閉じられます。胃内容物に含まれるHClによって十二指腸の管腔内が酸性(pH4.5)になると、十二指腸粘膜にあるS細胞からセクレチンが分泌されます。セクレチンは膵臓の外分泌腺の導管細胞や微小胆管や胆管の細胞に作用しNaHCO3 に富む膵液や胆汁の分泌を促進します。そして、NaHCO3 によってHClが中和されます。セクレチンには、胃を弛緩させて胃内容物が十二指腸に流入しないようにする作用もあります。十二指腸の内容物のpH4.5を超えるとセクレチンの分泌が止まり、その作用がなくなります(セクレチンの血液中の半減期は約5分)。続いて、胃の内容物が十二指腸に入ってくると、再び同じ過程が繰り返されます。中和の様子は、小出しに十二指腸に送り込まれた胃内容物のHClを膵液・胆汁のNaHCO3 によって「滴定」をしているイメージです。中和の結果NaClおよびH2CO3が生成し、H2CO3からCO2H2Oができます。そして、NaClCO2は腸管から吸収されて血液に取り込まれ、CO2H2Oと反応してHCO3H+を生じます。したがって、消化管に分泌されたHClNaHCO3が血中に戻ったことになるので、酸塩基の恒常性が保たれたことになります。

参考図書
1)W. F. ボロン/E. L. ブールペープ 編「カラー版 ボロン ブールペープ 生理学」 (泉井  総監訳、 河南 洋、久保川学 監訳)、西村書店、東京、 2011
41章 胃の機能」と「42章 膵腺と唾液腺」を参考にしました。

2)奥 恒行/柴田 克己編集「健康・栄養学科シリーズ 基礎栄養学 改訂第2版」南江堂、東京、2008 
 「5章 消化・吸収と栄養素の体内動態」を参考にしました。

 十二指腸の内腔の酸性化とセクレチン分泌に関する研究は、1978年に複数の研究グループによって発表されています。被験者は、pH メーターを先端に取り付けた十二指腸チューブを口から挿入されて2時間余り寝かされまた、血漿セクレチン濃度の測定のために210分間隔で採血されました。過酷な条件下での研究によって、本文に述べたような事実が解明されました。微量のホルモンがラジオイムノアッセイで測れるようになった頃の研究です。

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